5-13「欠片」
森の夜は、静かだった。
焚き火の火が小さく揺れ、
枝が弾ける音だけが、わずかに響いている。
戦いのあと。
短い休息。
だが、誰も気を抜いてはいなかった。
灰色教団は、確実にこちらを追っている。
クレージュは少し離れた場所で、手紙を読み返していた。
リシェルの文字。
短い言葉。
だがそれだけで、心が少し落ち着く。
(帰る)
その約束だけは、絶対に守る。
手紙を畳み、懐へしまう。
その時。
背後から声がした。
「……少し、いい?」
振り向く。
アルシェリアだった。
月明かりの中で、銀の髪が淡く光っている。
「話がある」
クレージュは頷いた。
二人は少しだけ焚き火から離れる。
他の者たちには聞こえない距離。
静かな場所。
しばらく、アルシェリアは何も言わなかった。
何かを整理しているようだった。
やがて口を開く。
「……あなたに言っておくべきことがある」
クレージュは黙って聞く。
アルシェリアは言った。
「私のこと」
「まだ全部話してない」
クレージュは少しだけ笑う。
「だろうな」
アルシェリアもわずかに表情を緩めた。
それから、真っ直ぐに言う。
「私は」
「原初の欠片を持っている」
空気が一瞬、止まる。
クレージュが聞き返す。
「欠片?」
アルシェリアは頷いた。
「完全な原初じゃない」
「でも、六属性とは違う流れ」
「私の中にある」
クレージュは理解しようとする。
「それって……」
「俺と同じ?」
アルシェリアは首を振った。
「違う」
「あなたは“器”」
「私は“断片”」
ゆっくり説明する。
「原初は一つの流れ」
「でもそれが分かれた場合」
「完全な形では存在できない」
クレージュが言う。
「だから欠片か」
「そう」
アルシェリアは続ける。
「私は研究の途中で、それに触れた」
「事故に近い形で」
フレイたちとの会話とは違い、声が少しだけ静かだった。
「その時」
「私の魔力は変わった」
「六属性に干渉されない」
「灰色にも汚染されない」
クレージュは思い出す。
さっきの戦い。
灰色術式が崩れた瞬間。
「……だから」
「俺と近づくと、灰色が崩れるのか」
アルシェリアは頷いた。
「共鳴してる」
「あなたの中の原初と」
「私の中の欠片が」
クレージュは少しだけ沈黙した。
自分の力。
まだよく分からない。
だが。
確かに何かが起きている。
アルシェリアは続けた。
「灰色教団はそれを知ってる」
「だから私を捕まえた」
「そして――」
クレージュを見る。
「あなたを狙ってる」
クレージュは小さく息を吐いた。
「やっぱりか」
アルシェリアは少しだけ表情を曇らせる。
「……ごめん」
クレージュが顔を上げる。
「何が」
「私のせいでもある」
アルシェリアは言った。
「原初理論を進めたのは、私」
「灰色がここまで来た一因でもある」
その言葉に、少しだけ重さがあった。
クレージュはしばらく考えた。
それから言う。
「関係ない」
アルシェリアが驚く。
「え?」
「やったのは灰色教団だ」
クレージュはまっすぐ言った。
「選んだのは、あいつらだろ」
アルシェリアは言葉を失う。
クレージュは続ける。
「それに」
少しだけ笑う。
「俺も勝手に“器”にされてるしな」
アルシェリアの目が、少しだけ揺れる。
「……あなた」
何か言いかけて、止まる。
それから小さく言う。
「変わってる」
クレージュは肩をすくめた。
「よく言われる」
少しだけ空気が軽くなる。
だが。
アルシェリアはすぐに真剣な顔に戻った。
「でも」
「一つだけ覚えておいて」
クレージュが見る。
アルシェリアははっきり言った。
「原初は危険」
「強すぎる」
「意志がなければ、崩れる」
クレージュは頷いた。
「さっきも言ってたな」
「……ああ」
アルシェリアは少しだけ目を細める。
「あなたは安定してる」
「それが逆に、異常」
クレージュは苦笑した。
「褒めてるのか?」
「半分」
アルシェリアは答えた。
その時。
遠くで枝が折れる音がした。
二人が同時に振り向く。
アーニャの声。
「……動きがあるにゃ」
フランソワーズも立ち上がる。
「来るぞ」
エイドが低く言う。
「今度は規模が違う」
クレージュは剣を握った。
アルシェリアも隣に立つ。
共鳴。
まだ不完全だが、確実に存在する。
その力を使う時が来る。
森の奥から、気配が迫る。
灰色教団。
次の一手が、動き出していた。
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