5-12「王都からの手紙」
王都からの手紙
王都オベールロワイヤル。
遠征隊が出発してから、三日が過ぎていた。
城壁の上から見える景色は、いつもと変わらない。
人々が行き交い、
市場は賑わい、
王都は平穏を保っている。
だが王城の中では、その“平穏”が保たれているだけだった。
会議室。
リシェル=フォン=オベールは、静かに報告書を読み終えた。
「北西ルートで灰色術式の痕跡を確認……」
「小規模実験の可能性あり」
紙を机に置く。
その内容は、予想していたものだった。
灰色教団は、動いている。
しかも王都の外で、確実に。
魔導院長が言う。
「やはり、追撃は正解でしたな」
リシェルは頷いた。
「ええ」
「放置すれば、被害は広がるだけだった」
軍部の代表が口を開く。
「問題は規模です」
「今のところ小規模だが……」
「いずれ都市単位になる可能性がある」
重い言葉。
だが否定する者はいない。
リシェルは静かに言った。
「だからこそ、今のうちに止める」
その声には迷いがなかった。
王女としての顔。
責任を背負う者の言葉。
会議が終わり、人々が去っていく。
最後に残ったのは、リシェルとフランソワーズの副官だけだった。
「殿下」
副官が言う。
「遠征隊への補給物資、準備は整っています」
リシェルは頷く。
「明日には出して」
「はい」
副官が去る。
静かな部屋。
リシェルは一人、窓の前に立った。
遠くに見える街並み。
その向こう。
さらに遠く。
クレージュたちがいる場所。
「……無事かしら」
小さく呟く。
誰も聞いていない。
王女ではない。
ただの少女の声。
その時、机の上の紙に目がいった。
未記入の便箋。
ペンが添えられている。
少しだけ迷う。
それから、リシェルは椅子に座った。
ペンを手に取る。
ゆっくりと書き始める。
――クレージュへ
最初の一行で、少し止まる。
言葉を選ぶ。
それから、また書く。
――王都は変わりなく、平穏を保っています
――ですが、灰色教団の動きは確実に広がっています
一度ペンを止める。
これでは、ただの報告だ。
リシェルは少しだけ息を吐いた。
それから書き直す。
――無事ですか
短い一文。
それだけで、十分だった。
さらに続ける。
――あなたがいる場所は、きっと危険でしょう
――それでも、あなたが行くと決めたことを、私は止めません
ペンが止まる。
思い出す。
あの夜。
庭園での会話。
「帰ってきて」
あの言葉。
リシェルはもう一度、ペンを走らせた。
――ただ一つだけ
――約束してください
――必ず、帰ってくること
最後に、少しだけ迷う。
それから書き足す。
――私はここで、あなたを待っています
ペンを置いた。
しばらく、その紙を見つめる。
少しだけ、頬が緩む。
「……これでいいわ」
その頃。
遠く離れた森の中。
クレージュたちは、焚き火を囲んでいた。
戦闘の後の、短い休息。
フレイが言う。
「王都から補給が来るはずだ」
「そろそろだな」
アーニャが耳を動かす。
「誰か来てるにゃ」
フランソワーズが立ち上がる。
森の奥から、一人の伝令が現れた。
「王都より伝令!」
クレージュは立ち上がる。
渡されたのは、小さな袋。
補給品と――
一通の手紙。
クレージュはそれを見つめた。
封には王家の紋章。
開く。
中の文字を見る。
リシェルの字だった。
読み進める。
短い手紙。
だが。
一つ一つの言葉が、胸に残る。
クレージュは最後まで読み終えた。
しばらく何も言わない。
フレイがニヤリとする。
「いい顔してるな」
クレージュは少しだけ苦笑した。
「……そんなことないです」
アーニャが覗き込もうとする。
「何て書いてあったにゃ?」
「見せない」
クレージュはすぐに手紙を畳む。
アルシェリアが静かに言う。
「大事なもの?」
クレージュは少しだけ考えてから答えた。
「……はい」
短い言葉。
だが、それで十分だった。
火が揺れる。
夜が深くなる。
クレージュは手紙をしまった。
守るものがある。
それは、はっきりしている。
だから進める。
どこまででも。




