5-8「灰色の元研究者」
森の中、簡易の野営地。
火は小さく抑えられ、煙もほとんど上がらない。
敵に位置を知られないためだ。
夜が落ちていた。
木々の隙間から、わずかに月明かりが差し込む。
フランソワーズが見張りに立ち、
アーニャは少し離れた枝の上で気配を探っている。
フレイは火の前に座り、黙って剣の手入れをしていた。
エイドは相変わらず動かない。
まるで周囲そのものを監視しているようだ。
クレージュは火の向かい側に座っていた。
その正面に――アルシェリア。
沈黙が続く。
やがてクレージュが口を開いた。
「さっきの話」
アルシェリアが顔を上げる。
「灰色教団に捕まったって言ってたな」
「どうしてだ」
アルシェリアは少しだけ視線を落とした。
火の揺らぎが、その横顔を照らす。
「……私が関わってたから」
フレイの手が止まる。
「関わってた?」
アルシェリアは頷いた。
「灰色教団に」
空気が一瞬、張り詰める。
フランソワーズがすぐに反応した。
「どういう意味だ」
剣に手をかけたまま、視線は鋭い。
アルシェリアは逃げなかった。
「元、研究者」
「灰色理論の」
クレージュが思わず声を上げる。
「……は?」
アーニャも木の上から身を乗り出す。
「敵側だったってことにゃ?」
アルシェリアは静かに言った。
「そうなる」
フレイが低く言う。
「詳しく話せ」
短い言葉だったが、重みがあった。
アルシェリアはゆっくりと語り始める。
「私は元々、エルフ王国で魔導研究をしてた」
「テーマは“原初属性”」
エイドがわずかに反応する。
「やはりな」
アルシェリアは続ける。
「でも原初は文献にもほとんど残っていない」
「存在は仮説だけ」
「証明も再現もできなかった」
クレージュが聞く。
「それで灰色教団に?」
アルシェリアは頷いた。
「彼らは知ってた」
「六属性を融合する方法」
フレイが言う。
「さっき見たやつか」
「ええ」
アルシェリアの声は落ち着いていた。
「私は思った」
「これなら原初に近づけるかもしれないって」
その言葉に、フランソワーズの表情がさらに険しくなる。
「近づく?」
「灰色は不完全な模倣だと言ったはずだ」
アルシェリアは目を伏せた。
「分かってなかった」
「当時は」
火の音だけが響く。
「研究は進んだ」
「六属性の融合」
「魔力の強制結合」
「人工魔物」
「人体への適用」
クレージュが息を飲む。
「人体……?」
アルシェリアは小さく頷いた。
「最初は魔物だけだった」
「でも限界があった」
「制御できない」
「安定しない」
「すぐ壊れる」
フレイが低く言う。
「だから人間に使ったのか」
アルシェリアは何も言わなかった。
それが答えだった。
沈黙。
アーニャがぽつりと言う。
「最悪にゃ」
アルシェリアは否定しなかった。
「……そう」
クレージュは拳を握った。
ルーンの畑。
枯れた作物。
あれは実験の一部に過ぎない。
その裏で、もっと酷いことが行われていた。
フランソワーズが言う。
「なぜ抜けた」
アルシェリアは顔を上げた。
その瞳には、わずかな迷いと、決意があった。
「限界だった」
「ある日、気づいた」
「灰色は“近づいてる”んじゃない」
「壊してるだけだって」
エイドが静かに言う。
「正しい認識だ」
アルシェリアは続ける。
「原初は一つの流れ」
「でも灰色は無理やり混ぜてるだけ」
「だから崩壊する」
「何も残らない」
クレージュが聞く。
「それで逃げたのか」
「ええ」
アルシェリアは答える。
「でも簡単じゃなかった」
一瞬だけ、声が弱くなる。
「知りすぎたから」
フレイが言う。
「口封じか」
「そう」
アルシェリアは頷く。
「捕まって」
「研究材料にされた」
クレージュの中で、何かがはっきりした。
灰色教団は、敵だ。
迷いなく。
フランソワーズが言う。
「信用するには十分ではないな」
「元は敵だ」
アルシェリアはその言葉を受け止めた。
「分かってる」
「信用しなくていい」
クレージュが言う。
「でも今は違うんだろ」
アルシェリアが少しだけ驚いた顔をする。
「……どうしてそう思うの」
クレージュは答えた。
「さっき」
「俺のこと、器って言ったけど」
「捕まえるなら、あの場でやってる」
アルシェリアは黙った。
それから、ほんの少しだけ笑った。
「……鋭い」
フレイが鼻で笑う。
「甘いだけじゃないらしいな」
アーニャが言う。
「とりあえず一緒に行動でいいにゃ?」
フランソワーズは少し考えた。
それから言う。
「条件付きだ」
「勝手な行動は禁止」
「情報はすべて共有」
「怪しい動きをすれば――斬る」
アルシェリアはあっさり頷いた。
「いい」
エイドが最後に口を開く。
「一つだけ聞く」
全員の視線が集まる。
「灰色教団の中枢」
「誰が動かしている」
アルシェリアの表情が変わった。
初めて、明確な緊張が走る。
「……名前は一つだけ」
火が揺れる。
静かな夜の中で、その言葉ははっきり響いた。
「星の導師」
クレージュの胸の奥が、わずかにざわめいた。
まだ見ぬ敵。
だが確実に、自分と繋がっている何か。
アルシェリアは続ける。
「姿は見たことない」
「でも全員が従ってる」
「灰色理論の完成者」
フレイが低く言う。
「面倒な相手だな」
クレージュは火を見つめた。
灰色教団。
原初。
そして星の導師。
すべてが繋がり始めている。
逃げることは、もうできない。
火の向こうで、アルシェリアが小さく呟いた。
「……次は来る」
クレージュが顔を上げる。
「何が」
アルシェリアは静かに言った。
「回収部隊」
風が止まる。
森が、静かになる。
その沈黙の中で。
確実に。
次の戦いが、近づいていた。
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