5-7「原初の器」
崩れた研究施設の外。
一行は森の中に少し開けた場所を見つけ、そこで足を止めた。
アルシェリアはまだ完全には回復していない。
フランソワーズが簡易の結界を張り、
アーニャが周囲の警戒に立つ。
フレイは腕を組んで、じっとアルシェリアを見ていた。
クレージュは少し離れた場所に立っている。
先ほどの言葉が、頭から離れなかった。
――原初の器。
沈黙を破ったのはフレイだった。
「で?」
低い声。
「さっきの話、説明してもらおうか」
アルシェリアは小さく息を吐いた。
「……そうね」
ゆっくりと視線を上げる。
その目はすでに、研究者のものに戻っていた。
「まず前提から話す」
「この世界の魔法は、六つの属性で構成されている」
フランソワーズが頷く。
「火、水、土、風、光、闇」
「基本だな」
アルシェリアも頷いた。
「でもそれは“完成形”じゃない」
クレージュが反応する。
「違うのか?」
アルシェリアは地面に指で円を描いた。
「本来の構造はこう」
円の中心に一点。
そこから六方向へ線が伸びる。
「中心があって、六つに分かれる」
「つまり」
「六属性の前に、もう一つある」
エイドが静かに言う。
「原初属性」
アルシェリアは少し驚いた顔をした。
「……知ってるの?」
「理論だけは」
エイドは答えた。
「実在は確認されていない」
アルシェリアはクレージュを見る。
「でも今、確認できた」
クレージュは眉をひそめる。
「それが俺ってことか?」
「そう」
即答だった。
「あなたの中には」
「六属性とは別の流れがある」
フレイが口を挟む。
「そんなもん、俺には感じねえぞ」
アルシェリアは首を振る。
「普通は感じない」
「六属性に隠れてるから」
「でも私は分かる」
一歩、クレージュに近づく。
「あなたの魔力は」
「六つで終わってない」
クレージュの胸の奥が、わずかに脈打った。
言われている意味は分からない。
だが。
何かが引っかかる。
フランソワーズが言う。
「仮にそれが本当だとして」
「なぜ灰色教団が関わる」
アルシェリアの表情が変わる。
わずかに影が落ちる。
「……灰色術式は」
「六属性を無理やり混ぜる技術」
「本来存在しないはずのものを作る」
フレイが言う。
「さっき見た通り、失敗だらけだ」
「ええ」
アルシェリアは頷く。
「不完全な模倣だから」
「本物じゃない」
「だから安定しない」
クレージュが聞く。
「じゃあ、本物は?」
アルシェリアはまっすぐ見た。
「原初」
静かな言葉だった。
「六つを無理やり混ぜるんじゃない」
「最初から一つのもの」
エイドが言う。
「つまり灰色教団は」
「原初を再現しようとしている」
「そう」
アルシェリアは答える。
「でも再現できない」
「だから――」
一瞬、言葉を止める。
それから続けた。
「器が必要になる」
フレイの視線が鋭くなる。
「……クレージュか」
アルシェリアは頷いた。
「あなたは“完成している”」
「六属性がすでに安定してる」
「その上で、原初の流れを持ってる」
クレージュは言葉を失った。
そんなこと、考えたこともない。
ただ魔法が使えただけだ。
ただ強かっただけだ。
だが。
それが理由だとしたら。
フランソワーズが一歩前に出る。
「待て」
「その理屈なら」
「こいつは“狙われる存在”になる」
アルシェリアは静かに答えた。
「もうなってる」
その一言で、空気が張り詰めた。
アーニャが言う。
「最初から、そうだったってことにゃ?」
エイドが低く言う。
「灰色教団は気づいている」
「クレージュの価値に」
クレージュは拳を握った。
「……ふざけるな」
思わず口に出た。
全員が彼を見る。
「器とか、実験とか」
「勝手に決めるな」
声は強くなかった。
だが、はっきりしていた。
「俺は俺だ」
アルシェリアは少しだけ目を細めた。
それから言う。
「そう」
「それが重要」
クレージュが顔を上げる。
「え?」
アルシェリアは静かに続けた。
「原初は不安定」
「意志がないと崩れる」
「だから」
一歩近づく。
「あなたが“あなた”であることが重要」
フレイが鼻で笑う。
「難しい言い方してるが」
「要するに」
「勝手に使われるなってことだな」
アルシェリアは少しだけ口元を緩めた。
「そういうこと」
フランソワーズが言う。
「なら結論は一つだ」
「守る」
短い言葉。
だが迷いはない。
アーニャも頷く。
「当然にゃ」
エイドは何も言わない。
だが視線はクレージュに向いている。
監視ではなく――確認。
クレージュはゆっくり息を吐いた。
まだ全部は分からない。
だが一つだけ、はっきりしている。
自分は狙われている。
そして。
守るものがある。
その時。
アルシェリアが小さく呟いた。
「……やっぱり」
クレージュが振り向く。
「何が?」
アルシェリアは少し迷ってから言った。
「近づくと」
「安定する」
エイドが反応する。
「何がだ」
アルシェリアはクレージュを見たまま言った。
「灰色の残滓」
「消えてる」
一同が周囲を見る。
確かに。
さっきまで感じていた違和感が、薄れている。
エイドが低く言う。
「……共鳴か」
フレイが眉を上げる。
「便利な体質だな」
アルシェリアは首を振った。
「便利じゃない」
「危険」
その言葉に、再び緊張が走る。
森の奥から風が吹いた。
灰色教団。
原初。
そして自分。
クレージュは剣を握った。
この力が何であれ。
使い方は、自分で決める。
その意思だけは、揺らがなかった。
次回もお楽しみに。




