5-4「灰色に触れた村」
北西へ続く街道を進み、半日。
一行は丘を越え、森の縁にある小さな村へと辿り着いた。
村の名は――ルーン。
王都からそれほど離れていない、
農民たちが静かに暮らす小さな集落だ。
遠くから見れば、平和そのものだった。
畑には麦が揺れ、
牛がゆっくりと草を食み、
村の煙突からは白い煙が上がっている。
だが。
村の入り口へ近づいた瞬間、
クレージュは眉をひそめた。
「……おかしい」
フレイも同じことを感じていたらしい。
「分かるか」
クレージュは頷く。
「空気が……」
言葉を探す。
「濁ってる」
エイドが静かに答えた。
「灰色術式の残滓だ」
フランソワーズは剣の柄に手を置く。
「まだ残っているのか」
「濃くはない」
エイドは周囲を見渡す。
「だが確実にここを通っている」
アーニャが鼻をひくひくさせた。
「嫌な匂いにゃ」
「魔物の匂いとも違う」
「なんか……気持ち悪いにゃ」
村へ入る。
数人の村人がこちらを見た。
旅人だと思ったのだろう。
警戒の色はあるが、恐怖はない。
少なくとも――今のところは。
フランソワーズが先に進み、声をかける。
「王国騎士団だ」
「少し話を聞きたい」
農夫の男が帽子を取った。
「騎士様?」
「何かあったんですか?」
フランソワーズは周囲を見回す。
「最近、この辺りで変わったことはなかったか」
農夫は考える。
「変わったこと……」
「いや……」
「特には」
クレージュは地面を見た。
草がところどころ枯れている。
不自然な色。
灰色に近い。
フレイが低く言う。
「畑を見せてもらえるか」
農夫は戸惑ったが、頷いた。
「こっちです」
案内された畑は、村の外れにあった。
そこを見た瞬間、
アーニャが声を上げる。
「これ……」
畑の一部だけ、色が違っていた。
麦が枯れている。
土が変色している。
そして――
地面に刻まれた跡。
魔法陣の痕跡だった。
フランソワーズが息を飲む。
「魔法陣……?」
エイドがしゃがみ込む。
指で地面をなぞる。
「消された跡だ」
「だが完全ではない」
クレージュも近づく。
刻まれていた形は、ほとんど消えている。
だが。
残っている線を見るだけで分かる。
普通の魔法陣ではない。
六属性の構造ではない。
「灰色術式……」
クレージュが言うと、
エイドが頷いた。
「実験だ」
「しかも小規模」
フレイが畑を見回す。
「村人を巻き込まない場所を選んだわけか」
「違う」
エイドが言う。
「ここは――失敗だ」
クレージュが顔を上げる。
「失敗?」
エイドは枯れた麦を指さした。
「灰色術式は不安定だ」
「制御できなければ、こうなる」
「周囲の魔力が壊れる」
「土地が死ぬ」
村人たちがざわついた。
「畑が……死ぬ?」
農夫の顔が青くなる。
「そんな……」
フランソワーズはすぐに言った。
「まだ完全ではない」
「王都へ報告する」
「魔導院に調査を依頼する」
村人は深く頭を下げた。
「ありがとうございます……」
クレージュは地面を見た。
この畑は、村人の生活だ。
収穫がなくなれば、
冬は越せない。
灰色教団は――
そんな場所で実験をしている。
フレイが静かに言う。
「人の生活なんて、眼中にない連中だな」
アーニャが拳を握る。
「最低にゃ」
エイドは立ち上がった。
「ここは通過地点だ」
「本拠ではない」
フランソワーズが聞く。
「追えるか」
エイドは目を閉じる。
空気を探る。
しばらくして言った。
「山へ向かっている」
「この村の北西」
クレージュも空を見た。
遠くに見える山。
森が深く続いている。
人が簡単に入る場所ではない。
フレイが言う。
「隠れるには都合がいい」
フランソワーズは頷く。
「ここで休むか」
エイドは首を振る。
「時間が経てば痕跡は消える」
「今ならまだ追える」
クレージュは村を振り返った。
子供たちが畑を見ている。
大人たちが心配そうに集まっている。
灰色教団は、
こうして世界を壊している。
小さく。
だが確実に。
クレージュは剣を握った。
「行きましょう」
フレイが笑う。
「そう来なくちゃな」
フランソワーズが馬へ向かう。
「北西だ」
「山へ入る」
アーニャが言う。
「敵の匂い、濃くなってるにゃ」
エイドが最後に言った。
「次は――」
「もっと近い」
村を離れ、
一行は森へ向かった。
灰色の痕跡は、
確実にその奥へ続いている。
そしてその先にあるものを、
まだ誰も知らなかった。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




