5-3「灰色を追う道」
王都オベールロワイヤルの朝は、早かった。
まだ太陽が城壁の上に顔を出したばかりの時間。
城門の前には、数頭の馬と小さな隊列が集まっていた。
大軍ではない。
むしろ驚くほど少ない。
遠征隊は――わずか数名だった。
クレージュ。
フレイ。
フランソワーズ。
アーニャ。
そしてもう一人。
黒い外套の男。
エイド。
王城の門がゆっくり開く。
重い鉄扉の音が、静かな朝の空気に響いた。
「準備はいいか」
フレイが言う。
クレージュは頷いた。
「はい」
アーニャが肩を回す。
「王都の外なんて久しぶりにゃ」
フランソワーズは馬の手綱を整えながら言った。
「遊びではないぞ、アーニャ」
「分かってるにゃ」
アーニャは笑う。
「でも、敵がいるなら話は早いにゃ」
フランソワーズは小さく息を吐いた。
それからクレージュを見る。
「今回の遠征は」
「王国の正式任務だ」
「だが同時に」
視線をエイドへ向ける。
「監視任務でもある」
エイドは特に反応を見せない。
ただ淡々と答えた。
「誤解だ」
「監視ではない」
フレイが肩をすくめる。
「似たようなもんだろ」
エイドは一瞬だけフレイを見る。
二人の間には、まだ微妙な距離があった。
だが敵対ではない。
警戒と理解の境目。
それが今の関係だった。
城門の上から声がかかる。
「門を開放!」
ゆっくりと、王都の門が完全に開いた。
外の道が見える。
広い街道。
遠くには丘。
その先には森。
王都の外の世界。
クレージュは一度だけ振り返った。
城壁の上。
白い影が立っている。
リシェルだった。
遠くて表情は見えない。
だが分かる。
こちらを見ている。
クレージュは軽く手を上げた。
リシェルも小さく頷いた。
それだけで十分だった。
フレイが言う。
「行くぞ」
馬が歩き出す。
石畳を抜け、
王都の門を越え、
街道へ出る。
王都オベールロワイヤルは、すぐ後ろに遠ざかっていった。
しばらくは誰も話さなかった。
街道には、商人の馬車がいくつか通っている。
農民たちが畑へ向かう姿も見える。
平和な景色。
だがエイドは言った。
「灰色術式の残滓は北西に向かっている」
フランソワーズが地図を広げる。
「北西……」
「この辺りか」
フレイが覗き込む。
「村がいくつかあるな」
「小さい集落ばかりだ」
エイドが続ける。
「灰色教団は、実験場所を選ぶ」
「人目につかない場所」
「失敗しても問題にならない場所」
クレージュの表情が変わる。
「村……」
アーニャが言う。
「嫌な予感するにゃ」
フランソワーズは地図を畳んだ。
「急ぐ」
「もし灰色術式の実験が行われているなら」
「手遅れになる前に止める」
フレイが軽く笑う。
「王国騎士らしい言葉だな」
「当然だ」
フランソワーズは即答した。
「王国の民を守るのが騎士の役目だ」
クレージュはその言葉を聞きながら、空を見た。
青空。
雲がゆっくり流れている。
こんな平和な空の下で、
灰色の実験が行われている。
その事実が、少し信じられなかった。
だが。
現実だ。
昼を過ぎた頃。
一行は小さな村へ近づいた。
畑。
木造の家。
煙突から上がる煙。
普通の村に見える。
だが――
アーニャが止まった。
「……待つにゃ」
フレイも足を止める。
「どうした」
アーニャは地面を見ていた。
「魔力の匂い」
クレージュも感じる。
かすかに。
空気の奥に、
嫌な違和感。
エイドが静かに言う。
「灰色術式の残滓だ」
フランソワーズの手が剣に触れる。
「村の中か」
エイドは首を横に振った。
「いや」
「通過しただけだ」
「数日前だな」
クレージュは村を見る。
子供が走っている。
老人が井戸で水を汲んでいる。
まだ平和だ。
だが。
すぐ近くを、灰色が通った。
フレイが言う。
「追えるか」
エイドは空気を見つめる。
目を閉じる。
数秒。
それからゆっくり言った。
「追える」
「北西」
「山の方だ」
フランソワーズが頷く。
「では休まず進む」
アーニャが笑う。
「やっと敵の匂いにゃ」
クレージュは村をもう一度見た。
守られている場所。
守らなければならない場所。
灰色教団は、この世界のどこかで動いている。
そして今。
自分たちはそれを追っている。
クレージュは馬を進めた。
王都を離れ、
村を越え、
街道を進み。
灰色の痕跡を追う旅は、
確実に深い場所へと進んでいく。
その先で待つものが、
まだ誰にも分からないまま。
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