5-1「王都会議」
第五章の始まりです。
ここからさらに盛り上がっていきます!
王都オベールロワイヤルの朝は、いつもと変わらず整っていた。
城壁の上には規則正しく衛兵が立ち、
中央通りには商人の馬車が行き交う。
空は薄く晴れ、遠くに浮かぶ雲まで穏やかに見える。
だが王城の中だけは、違った。
リシェル=フォン=オベールは、
王城の奥にある会議室へと向かいながら、
胸の奥に重いものを抱えていた。
昨夜の報告は、あまりにも明確だった。
灰色術式。
魔導院地下の再起動。
六彩を触媒とする試み。
そして――教団の存在。
ここまで揃えば、
もう「不穏な噂」では済まない。
王国そのものを揺るがす案件だ。
扉が開かれる。
すでに中には、主要な面々が揃っていた。
軍部代表。
魔導院長。
王国評議会の使者。
そして黒い外套を纏ったエイド。
クレージュも、その場にいた。
王城の正式会議の場に、
彼が立っているという事実自体が、
この数か月の変化を物語っていた。
ただの少年ではない。
ただの危険因子でもない。
いまや、王国が無視できない「力」になっている。
リシェルが席につくと、
会議室の空気が少しだけ引き締まった。
最初に口を開いたのは魔導院長だった。
「昨夜の件で、状況は決定的になりました」
老いた声は静かだが、重い。
「灰色術式は自然発生でも、六彩暴走でもない。
誰かが理論を持ち、意図して再現しようとしている」
軍部代表が続ける。
「しかも狙いは明白だ。
六彩そのものではなく、六彩を“鍵”として使うこと」
「触媒、でしたね」
リシェルが言うと、
エイドがわずかに頷いた。
「正確には、触媒であり器だ」
「灰色は不完全な模倣だ。
完成には、安定した原理が必要になる」
その視線が、クレージュへ向く。
だがクレージュは、目を逸らさない。
「では」
評議会の使者が言う。
「王国としての対応を決めるべきです」
誰も異論を挟まなかった。
ここまでは、全員が同じ結論に立っている。
問題は、その次だった。
「防衛強化を優先するべきです」
軍部代表は、机の上に指を置いて言った。
「王都に再び灰色術式が発動した以上、
敵の次の狙いは王都か、あるいは六彩本人」
「ならば防衛だけでは足りない」
エイドが静かに返す。
「相手は撤退した。
つまりまだ余裕がある。
時間を与えれば、次はもっと大きな規模で来る」
「では管理下に置くのか?」
軍部代表の言葉には、
露骨な棘はない。
だが牽制の色は隠していない。
エイドは首を横に振った。
「違う。
追う」
その一言で、
会議室の空気が変わった。
「教団の痕跡は残っている。
灰色術式の回路も、移動経路も、まだ温かい。
今なら追跡可能だ」
魔導院長が目を細める。
「王都の外へ出るということですか」
「そうだ」
エイドは淡々と言った。
「王都防衛だけでは足りない。
相手の拠点、研究基盤、供給線。
全てを潰さねば同じことが続く」
リシェルは静かにクレージュを見た。
彼の表情は落ち着いている。
だが、それは諦めではない。
覚悟の顔だ。
「追撃部隊を編成するしかない、ということですね」
そう言うと、
軍部代表が重く頷いた。
「問題は、誰を行かせるかだ」
沈黙。
皆、答えを知っている。
だが、その名前を口にする重みも知っている。
クレージュは、自分から立ち上がった。
「俺が行きます」
会議室の全員の視線が集まる。
「当然だろう」と思う者もいれば、
「やはり言うか」と思う者もいた。
クレージュは続ける。
「向こうの狙いが俺なら、
逃げても意味がありません」
「それに」
一瞬だけ、言葉を選ぶ。
「灰色の村と同じものが、
また作られるのを止めたい」
その声に、感情は乗っていない。
だが、重さはあった。
エイドが問う。
「追撃は防衛と違う。
待つ戦いではない。
お前自身が、狙われに行く形になる」
「分かっています」
「怖くないのか」
この問いには、
軍部代表も、魔導院長も、リシェルも、
全員が答えを聞きたかった。
クレージュは、少しだけ考えた。
「怖いです」
正直な答えだった。
「でも、
怖いから止まるなら、
灰色はまた誰かを壊す」
沈黙。
その言葉が、会議室に静かに沈む。
リシェルは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
彼は変わった。
力を持っているからではない。
選ぶことから逃げないからだ。
軍部代表が、低く息を吐く。
「王国としては、追撃を承認する」
「ただし少数精鋭だ。
大部隊では気取られる」
魔導院長が続ける。
「魔導院からは調査要員を出す。
ただし前線は任せられん」
エイドが言う。
「管理者側からは、私が同行する」
そこで、リシェルが初めて明確に口を挟んだ。
「フランソワーズも同行させてください」
一瞬、数人の視線が揺れる。
王女直属近衛の投入は、
王家の本気を意味する。
だが今回は、誰も反対しなかった。
それほどまでに、灰色教団は危険だと、
全員が理解している。
「承知しました」
軍部代表が短く言う。
「では」
リシェルは、静かに息を吸った。
「追撃部隊の編成を決定します」
会議は、そこで正式な形を取った。
王国。
管理者。
六彩。
今まで別々に立っていたものが、
初めて一つの方向へ向けられる。
会議のあと、
人々が順に席を立っていく中で、
クレージュは一瞬だけリシェルと目を合わせた。
言葉は交わさない。
だが十分だった。
その視線には、
心配も、信頼も、決意も、全部あった。
共通の敵との戦いが、ここから始まる。
守るだけでは終わらない。
待つだけでも終わらない。
敵を追い、
真相に近づき、
そして六彩の意味そのものが変わっていく旅。
それはきっと、
王都を出た瞬間から、
二度と後戻りできない戦いになる。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




