8-11「制御の入り口」
朝。
まだ空気が少し冷たい時間。
人気のない訓練場に——
一人、立っている影があった。
「……早いな」
声。
振り返ると、フレイがいた。
「そっちこそ」
クレージュは軽く返す。
「なんとなく、寝れなかった」
「奇遇だな」
フレイが肩をすくめる。
「俺もだ」
少しの沈黙。
でも、重くはない。
昨日を越えた後の、静かな空気。
「で?」
フレイが顎で示す。
「何するつもりだ」
わかっているくせに、聞く。
「……あれの練習」
クレージュが答える。
隠さない。
「ほう」
少しだけ興味を示す顔。
「いきなりだな」
「いきなりじゃないと、たぶんやらない」
正直な言葉。
フレイが小さく笑う。
「まあ、分かる」
そして。
「付き合うぞ」
即答。
「……いいのかよ」
「一人でやって暴走される方が困る」
ド直球。
「それに」
一歩前に出る。
「昨日の続きだろ」
剣を軽く回す。
準備完了。
「……ありがとよ」
クレージュが小さく言う。
「礼はいい」
フレイが構える。
「来い」
短い合図。
それだけで十分。
クレージュは目を閉じる。
呼吸を整える。
そして——
(出てこい)
内側へ意識を沈める。
静寂。
しばらくして。
『待機状態を維持』
あの声。
昨日と同じ。
感情のない、機械的な響き。
「……いるな」
小さく呟く。
「当たり前だろ」
フレイが返す。
「逃げるタイプじゃねえだろ、それ」
「だな」
短く笑う。
そして。
「条件付きで使う」
内側へ告げる。
『詳細を要求』
「主導権は渡さない」
即答。
「ただし」
一歩踏み出す。
「“補助”としてなら使う」
沈黙。
ほんのわずかに長い。
やがて——
『制約条件を確認』
受理の気配。
「いいのか」
フレイが眉を上げる。
「そんな都合よくいくか?」
「いかせる」
クレージュは構える。
「そのための練習だ」
その目に、迷いはない。
「いい顔してんじゃねえか」
フレイが笑う。
「じゃあ試すぞ」
地面を蹴る。
突っ込む。
速い。
昨日と同じ——いや、それ以上。
だが。
今度は。
「——見える」
クレージュの視界が、わずかに変わる。
完全な支配ではない。
だが。
“ヒント”が流れ込む。
軌道。
力の流れ。
わずかな重心のズレ。
「そこだ」
最小動作で、受け流す。
「……お?」
フレイが目を細める。
「今のは悪くねえ」
すぐに次。
連撃。
速さが上がる。
だが——
「補助演算、適用」
頭の奥で声。
タイミングが、合う。
完全じゃない。
ズレる。
でも——
“昨日よりはるかにマシ”。
剣がぶつかる。
火花。
踏み込み。
反撃。
「……いいじゃねえか」
フレイの口元が上がる。
「ちゃんと“自分で戦ってる”」
その言葉に。
クレージュの動きが、さらに安定する。
“任せてない”。
“使っている”。
その実感。
だが——
次の瞬間。
ズレた。
ほんの僅か。
「警告:負荷上昇」
「っ——!」
視界が揺れる。
一瞬、判断が遅れる。
そこへ——
フレイの剣。
「止めるぞ」
直前で止まる。
首元、数センチ。
「……負けだな」
クレージュが息を吐く。
「いや」
フレイが剣を引く。
「上出来だろ」
肩を回す。
「初日でこれなら十分」
「……そうか?」
「ああ」
迷いなく頷く。
「少なくとも」
少しだけ真面目な顔になる。
「昨日の“あれ”よりは、よっぽど安心できる」
「……比較対象がひでえな」
苦笑。
でも。
その言葉が、妙に嬉しい。
「続けるぞ」
フレイが言う。
「倒れるまで付き合ってやる」
「ブラックかよ」
「嫌ならやめろ」
「やるに決まってんだろ」
即答。
そのやり取りに、少しだけ空気が軽くなる。
そして。
再び構える。
(……いける)
確信はまだない。
でも。
手応えはある。
この力は——
制御できる。
時間はかかる。
危険もある。
それでも。
「——もう一回」
クレージュが踏み出す。
今度は、少しだけ速く。
少しだけ正確に。
少しだけ——
“自分のもの”として。
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