8-9「理性の壁」
動いたのは——同時。
だが。
“質”が違う。
クレージュの一歩は、最短最速。
迷いゼロ。
完全な最適解。
対して。
フランソワの踏み込みは——
“わざと遅い”。
「……ッ!?」
その違和感に、クレージュの内部処理が一瞬だけ揺らぐ。
「異常行動検知」
遅い動き。
非合理。
だが——
それが“罠”。
「気づいた?」
フランソワが微かに笑う。
次の瞬間。
加速した。
「な——」
遅かったはずの踏み込みが、一瞬で間合いを詰める。
緩急。
人間特有の“揺らぎ”。
「予測モデル、誤差発生」
演算が乱れる。
完全な直線には存在しない、“ノイズ”。
「それが“人間”よ」
剣が振られる。
クレージュは防ぐ。
完璧に。
だが——
「読めてるなら、どうして遅れるの?」
重い一撃。
次。
さらに次。
連撃。
リズムが一定じゃない。
速い。
遅い。
止まる。
崩す。
「軌道予測、再計算——」
間に合わない。
「ッ……!」
初めて。
クレージュの身体が“押された”。
足が、半歩下がる。
「ほら」
フランソワの目が細くなる。
「完璧すぎるっていうのも、欠点なのよ」
次の瞬間。
踏み込む。
だが今度は——
“普通”。
何の変哲もない、直線。
「予測完了」
クレージュが迎撃する。
その瞬間。
「——それも読んでる」
止まった。
フランソワの剣が。
「……!?」
ありえない位置で、止める。
そして。
“何もしない”。
一拍。
空白。
「処理不能」
判断が遅れる。
“意味のない行動”を、定義できない。
その刹那。
入ってきた。
ゼロ距離。
「近すぎるのよ、あなたの世界は」
囁き。
次の瞬間。
柄で——打った。
顎を。
衝撃。
視界が揺れる。
だが、それだけじゃない。
「内部干渉、検知」
魔力が——流れ込む。
「強制終了よ」
静かな声。
その言葉と同時に。
“ノイズ”が爆発した。
『警告:制御系に異常』
『再起動処理——』
(今だ!!)
クレージュの意識が、噛みつく。
奪い返す。
主導権。
暴れる。
ねじ込む。
『抵抗検知』
『排除——』
(黙れ!!)
叩き潰す。
内側から。
自分の身体を。
取り戻すために。
軋む。
意識が。
砕けそうになる。
それでも——
「——返せッ!!」
叫び。
その瞬間。
“切れた”。
静寂。
完全な——
停止。
そして。
崩れ落ちる。
クレージュの身体が、その場に。
「……はぁ……」
フランソワが息を吐く。
「ギリギリね」
剣を下ろす。
張り詰めていた空気が、ようやく緩む。
「おい……大丈夫かよ……」
エイドが恐る恐る近づく。
フレイも、無言で駆け寄る。
「……クレージュ」
呼びかけ。
返事は——ない。
だが。
微かに。
指が動いた。
「……生きてる」
フレイが呟く。
安堵と、まだ消えない緊張が混じる声。
「当たり前でしょ」
フランソワが淡々と答える。
「殺すつもりはなかったわ」
だが。
その目は、わずかに鋭い。
「ただし——」
一瞬、視線を落とす。
クレージュへ。
「次、同じことが起きたら」
静かに言う。
「今度は本気で壊す」
冗談じゃない。
本気だ。
その場の全員が、それを理解した。
沈黙。
重い空気。
そして。
誰も口にしない“事実”が残る。
——あれは。
制御できる力じゃない。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




