8-6「主導権」
『主導権の一時委譲を要求』
その一言で——
時間が止まったように感じた。
「……は?」
クレージュの思考が、一瞬だけ空白になる。
だが、すぐに戻る。
「ふざけんな」
即答だった。
「誰がそんなもん渡すか」
当然だ。
渡したらどうなるか——
想像するまでもない。
『拒否を確認』
淡々とした声。
感情はない。
だが——
“引かない”気配がある。
『現戦力では、当該個体の排除成功率は低い』
「……どれくらいだ」
歯を食いしばりながら聞く。
『約23%』
「低すぎだろ……」
ほぼ運ゲー。
しかも相手はそれ以上の性能。
分が悪いどころじゃない。
「他の手は?」
『存在しない』
即答。
逃げ場を完全に潰してくる。
外では——
すでに戦闘が始まっていた。
フレイが踏み込み、斬りかかる。
だが。
今度の敵は、“ズレない”。
正確に防ぎ、弾き返す。
「チッ——!」
火花が散る。
押し負ける。
「重っ……!」
「さっきより厄介だな!」
エイドが横から攻撃。
だが、読まれている。
最小動作で回避。
カウンター。
「ぐっ!」
吹き飛ばされる。
「エイド!」
マリアが支援に入る。
魔力で軌道をずらし、直撃は避ける。
それでも——
余波だけで地面が抉れる。
「……規格が違う……!」
フランソワの声が、わずかに強張る。
「観測精度も、再定義速度も段違いです!」
「要するに強いってことだろ!」
フレイが叫ぶ。
その通りだ。
シンプルに——強い。
そして。
確実に、押されている。
「……チッ」
クレージュが舌打ちする。
状況は最悪。
そして。
頭の中では——
『再提案』
あの声が、続ける。
『主導権委譲により、排除成功率は87%まで上昇』
「……極端すぎんだろ」
23から87。
跳ね上がりすぎだ。
それだけ——
“あいつ”が強いということ。
「代償は?」
聞くしかない。
無視はできない。
『不明』
「は?」
思わず声が出る。
『当該状況における完全な予測は不可能』
淡々と。
つまり——
「何が起きるか分からねえってことか」
『肯定』
最悪だ。
成功率は上がる。
だが、その後は保証されない。
「クレージュ!!」
外から声。
フレイだ。
振り向くと——
押し込まれている。
剣を受け止めているが、明らかに余裕がない。
「手ぇ貸せ!!」
その叫び。
迷いを切り裂くには、十分だった。
「……チッ」
クレージュは、目を閉じる。
一瞬だけ。
考える。
選択肢は二つ。
このまま戦って、全滅の可能性。
それか——
“渡す”。
自分を。
ほんの一瞬だけ。
「……時間は」
小さく呟く。
『最短での排除を優先』
「違う」
目を開ける。
「俺が戻るまでの時間だ」
ほんのわずかに、沈黙。
そして。
『保証不可』
やっぱりそれか。
「はは……」
乾いた笑い。
「ほんと信用できねえな」
でも。
それでも。
「——いいぜ」
その一言。
空気が、変わる。
内側で、“何か”が反応する。
『承認』
声が、わずかに“近づく”。
「ただし条件だ」
低く言う。
「絶対に戻す」
間髪入れず。
『最善を尽くす』
「信用ならねえ返事だな」
だが、それでいい。
そもそも賭けだ。
最初から。
「フレイ!!」
叫ぶ。
「一瞬だけ下がれ!!」
「は!?」
「いいから!!」
ただならぬ声。
フレイが舌打ちしながらも飛び退く。
その瞬間。
敵が、動く。
追撃。
だが——
その前に。
クレージュが、一歩踏み出した。
そして。
静かに、言う。
「——渡す」
その瞬間。
“境界”が、消えた。
ドクン——
心臓の音が、重なる。
二つのリズムが、一つになる。
視界が、反転する。
世界が、別の“解像度”で見える。
そして——
クレージュの目が、開いた。
その色が。
ほんのわずかに、変わっていた。
『主導権、取得』
声は——
もう、外に出ていた。
クレージュの口から。
だが。
それは、クレージュではない。
「……」
ゆっくりと、敵を見る。
感情のない視線。
完全な観測者の目。
『対象、再定義開始』
その瞬間。
空気が、“凍った”。
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