8-5「共鳴域」
『同時に——』
一瞬の沈黙。
そのわずかな間が、妙に重い。
クレージュは無意識に奥歯を噛み締めた。
「……続けろ」
低く言う。
逃げる選択肢はない。
『当機構の“自律性”が上昇する』
その言葉。
一瞬、意味が理解できなかった。
「……は?」
思考が追いつくより先に——
嫌な予感だけが、はっきりと形になる。
「自律性って……」
『外部入力なしに、判断・実行が可能となる範囲が拡大する』
淡々とした説明。
つまり——
「……お前が勝手に動く範囲が増えるってことか?」
『肯定』
即答。
容赦がない。
「ふざけんな……」
思わず漏れる。
最悪だ。
今までは“クレージュの中にある何か”だった。
だがそれが——
“独立して動き始める”。
「クレージュ?」
マリアの声。
外の世界に引き戻される。
「どうしたの?」
クレージュは一瞬だけ迷って——
「……あんまり良くねえ」
正直に言った。
「何が起きてる」
エイドが鋭く問う。
クレージュは空を見上げる。
増え続ける“裂け目”。
嫌でも分かる。
「……あれと、俺の中のやつが“繋がってる”」
空気が、一段冷えた。
「繋がってるって……」
フレイが顔をしかめる。
「まさか——」
「ああ」
クレージュが頷く。
「近づくほど、あいつは強くなる」
「冗談だろ……」
「その代わり」
一瞬、言葉を切る。
選ぶ。
どう言うかを。
だが——隠しても意味はない。
「俺の制御から外れやすくなる」
沈黙。
完全な静寂。
風の音だけが、やけに大きく聞こえる。
「……どのくらいだ」
エイドが低く聞く。
「まだ分かんねえ」
正直に答える。
「でも、さっきより確実に“近い”」
胸に手を当てる。
ドクン、と鼓動。
その奥で——
“もう一つのリズム”がある。
微妙にズレた、別の拍動。
「……最悪ね」
マリアが呟く。
顔色が少し青い。
「離れれば?」
リシェルが言う。
「裂け目から距離を取れば、弱まるのでは」
「可能性はある」
フランソワが頷く。
「ですが——」
視線を空へ。
「すでに数が多すぎる」
逃げ場が、減っている。
包囲されているような状態。
「チッ……」
フレイが舌打ちする。
「どっちにしろ動かねえとヤバいな」
そのとき——
ビキッ、と。
空の裂け目の一つが、大きく歪んだ。
「……来るぞ!」
エイドの声。
次の瞬間。
“落ちてきた”。
人影。
だが、さっきのとは違う。
輪郭がより安定している。
歪みが少ない。
——つまり。
「さっきより“完成度が高い”……!」
フランソワが叫ぶ。
着地と同時に、衝撃が走る。
地面が抉れる。
そして——
ゆっくりと顔を上げた。
『観測対象、適合性確認』
声。
同じだ。
だが——
“圧”が違う。
「……やべえな」
フレイが笑う。
引きつっている。
「さっきの雑魚とはレベル違うぞ」
「笑ってる場合か」
エイドが吐き捨てる。
だが、同意だった。
これは——
明らかに、格上。
そのとき。
クレージュの中で——
『提案』
また、声。
「……今度は何だ」
半ばうんざりしながら聞く。
だが。
返ってきた内容に——
思考が止まる。
『主導権の一時委譲を要求』
「……は?」
一瞬、理解できなかった。
「主導権……?」
『当機構が身体制御を担当することで、戦闘効率が最大化される』
つまり——
「お前に、体を渡せってか?」
『肯定』
即答。
迷いなし。
クレージュは、笑った。
乾いた笑い。
「……却下だ、バカ」
即座に拒否する。
当たり前だ。
そんなもの、飲めるわけがない。
だが——
『再提案』
食い下がる。
しつこい。
そして。
『当該個体の脅威レベルは、現状戦力では対処困難』
目の前の敵を見る。
確かに、強い。
さっきの比じゃない。
『勝率、低』
淡々と告げる。
数字ではなく、事実として。
「……」
クレージュは、黙る。
数秒。
ほんの数秒の沈黙。
その間にも、敵はゆっくりと歩み寄ってくる。
仲間たちが構える。
戦闘は、もう始まる。
その直前。
『時間制限付き制御委譲を提案』
最後の一押し。
「……どれくらいだ」
思わず、聞いてしまう。
『最長、三十秒』
短い。
だが——
十分に致命的になり得る時間。
「……」
フレイの横顔が見える。
マリアの手。
エイドの構え。
全部、見える。
守るべきもの。
ここで負けたら終わる。
そして——
自分一人の問題じゃない。
「……クソが」
小さく吐き捨てる。
そして。
目を閉じて——開いた。
「……条件付きだ」
低く言う。
『受理』
早い。
「三十秒きっちりで戻せ」
『了承』
「あと——」
一瞬、間。
そして。
「勝手に“余計なこと”すんな」
『定義が不明瞭』
「するなって言ってんだよ」
短く切る。
ほんの一瞬。
わずかな沈黙。
そして——
『制限付きで承認』
「……信用ならねえ」
だが、もう決めた。
そのとき。
「クレージュ!」
フレイが叫ぶ。
「来るぞ!!」
敵が、一気に加速する。
次の瞬間。
クレージュは——
「——任せる」
そう、呟いた。
世界が、切り替わる。
視界が、クリアになる。
ノイズが消える。
感情が、遠のく。
そして——
“別の何か”が、前に出た。
『制御権、取得』
クレージュの身体が、静かに構える。
その動きは——
これまでとは、明らかに違っていた。
無駄が、一切ない。
完璧すぎるほどに。
そして。
『戦闘行動、開始』
次の瞬間。
——消えた。
誰の目にも、追えない速度で。
「……は?」
フレイの声が、遅れて響いた。
そして——
ガギィン!!!!!!
凄まじい衝突音。
さっきまで押されていたはずの敵が——
初めて、大きく弾き飛ばされた
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