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8-4「拡張する影」



 崩れ落ちた“それ”は——


 動かなかった。


 もう、揺らがない。


 もう、ズレない。


 完全に“定義された死”。


「……終わった、か?」


 フレイが剣を下ろす。


 誰もすぐには答えない。


 空気は、まだ張り詰めている。


「……反応、消失」


 フランソワが静かに告げる。


「少なくとも、先ほどの個体は完全に機能停止しています」


「“先ほどの”ね……」


 エイドが低く繰り返す。


 つまり——


 他にもいる可能性。


 否定できない。


 そのとき。


「……っ」


 クレージュが、わずかにふらついた。


「クレージュ!」


 マリアが駆け寄る。


 肩を支える。


「大丈夫」


 そう言いながらも、呼吸が少し荒い。


 額に汗。


 明らかに消耗している。


「さっきの……」


 フランソワが目を細める。


「“干渉領域”」


「ああ」


 短く頷く。


「一応、切り札らしい」


「らしい、って……」


 フレイが呆れる。


「お前、自分の技だろ」


「俺のじゃねえよ」


 即答。


 その一言で、空気がまた変わる。


「……やっぱり、あれか」


 エイドが言う。


 クレージュの内側。


 あの“観測者”。


「どこまで使える」


「さあな」


 正直に答える。


「でも——」


 一瞬、言葉を切る。


 そして。


「使うほど、あいつの“範囲”が広がる」


 沈黙。


 誰も軽く受け取れない内容。


「範囲ってのは?」


 マリアが静かに聞く。


「干渉できる領域、だろうな」


 クレージュは自分の手を見る。


 さっきと同じように。


 でも——


 さっきとは、少し違う。


「さっきより……」


 ゆっくり握る。


「“近い”感じがする」


「近い?」


「内側から、出てきてるみたいな」


 その表現。


 マリアの表情が固まる。


「……それ、危険すぎるわ」


「分かってる」


 軽く笑う。


 だが、その笑いは少し薄い。


 そのとき——


 『補足』


 声が、響く。


 クレージュの中に。


「……今言うか?」


 小さく呟く。


 周りには聞こえない。


 だが、その反応で全員が察する。


「何て言ってる」


 エイドが問う。


 クレージュは、一瞬迷ってから——


「……“進行してる”らしい」


「何が」


「統合」


 その一言。


 空気が、冷える。


「ふざけんな……」


 フレイが吐き捨てる。


「止める方法は?」


「ねえな」


 即答。


 迷いなく。


「少なくとも、今は」


「……」


 誰も言葉を続けられない。


 だが——


 現実は待ってくれない。


 「——見てください」


 リシェルが、空を指した。


 全員が上を見る。


 そこには——


 “線”があった。


 細い、ひび割れのようなもの。


 空間に走る、歪み。


「……おいおい」


 フレイが顔をしかめる。


「一個じゃねえぞ」


 その通りだった。


 一つじゃない。


 二つ、三つ——


 いや、それ以上。


 空のあちこちに、“裂け目”が現れている。


「……観測機構の侵入経路……」


 フランソワが呟く。


「さっきの個体は、おそらく“先遣”」


「じゃあ本隊が来るってか?」


「可能性は高いです」


 最悪の予想。


 だが、現実味がある。


 そのとき。


 クレージュの中で——


 『観測領域、拡張確認』


 声が、淡々と告げる。


 『外部同系統機構の接近により、共鳴が発生』


「……共鳴?」


 思わず口に出る。


「どういう意味だ」


 『当機構の活動効率が向上する』


「は?」


 嫌な予感しかしない。


 『同時に——』


 一瞬の間。


 そして。


 『統合進行速度が加速する』


 「……はは」


 クレージュが、笑った。


 乾いた、どうしようもない笑い。


「詰んでんじゃねえか」


 外からも来る。


 中も進む。


 どっちに転んでも、状況は悪化。


 そのとき。


 マリアが、一歩前に出る。


「詰んでない」


 はっきりと言う。


 強い声で。


 全員が彼女を見る。


「まだ、選択はある」


 クレージュを見る。


 まっすぐに。


「あなたが、どうするか」


 その言葉。


 クレージュは、少しだけ目を細める。


「……俺次第、か」


「そう」


 迷いのない肯定。


「なら——」


 空を見上げる。


 広がる裂け目。


 来るであろう“次”。


 そして——


 自分の内側。


 逃げ場はない。


 でも。


「やるしかねえな」


 小さく呟く。


 その目に、迷いはなかった。


 たとえ。


 この先で、自分がどうなるとしても。


 守るべきものは、決まっている。


 その決意を——


 内側の“観測者”は、静かに記録していた。


 『観測:意思決定』


 『評価:興味深い』


 その一言が。


 これからの全てを、予感させていた。

お読みいただきありがとうございます。

次回もお楽しみに。

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