8-3「干渉領域」
“それ”が動いた瞬間。
世界が、わずかに遅れた。
風がワンテンポ遅れて揺れる。
音がズレる。
認識と現実が、噛み合っていない。
「チッ——!」
フレイが踏み込む。
最速の一撃。
だが——
当たる直前で、“消えた”。
「は!?」
視界から、消失。
次の瞬間、背後。
フレイが反応するより先に——
「遅い」
クレージュが割り込んだ。
腕で受ける。
衝撃。
地面が抉れる。
「ぐっ……!」
押し返されながらも、踏みとどまる。
「サンキュ」
「気にすんな」
短いやり取り。
だがその間にも、“ズレ”は続いている。
敵は、そこに“いる”。
だが、完全には“定まっていない”。
「……実体が固定されてない……!」
フランソワが叫ぶ。
「観測と同時に位置が再定義されている!」
「要するに?」
「見えている場所にいない可能性があります!」
「最悪だな!」
エイドが舌打ちしながら距離を取る。
そのとき——
『補助可能』
クレージュの内側から、声。
「……今かよ」
小さく呟く。
『対象外個体の挙動予測、部分共有』
「共有?」
『視覚補正を実行』
次の瞬間。
世界が“変わった”。
敵の輪郭が、二重に見える。
一つは“今”。
もう一つは“次”。
「……は?」
一瞬の困惑。
だが——
理解は早い。
「未来予測か!」
『近似値』
「十分だ!」
クレージュが踏み込む。
“次に現れる位置”へ、先に斬り込む。
ガギィン!!
初めて、“ちゃんと当たる”。
「当たった!?」
フレイが目を見開く。
「位置が分かればただの的だ!」
クレージュが押し込む。
だが——
敵は、すぐに“再定義”される。
形が揺らぐ。
傷が、なかったことになる。
「……再生じゃねえな」
エイドが低く言う。
「“なかったことにしてる”」
『損傷状態、未定義のため修正』
敵が、淡々と告げる。
感情のない声で。
「ふざけた仕様だな」
クレージュが吐き捨てる。
だが——
その目は、鋭い。
そして。
内側の“それ”が、続ける。
『対抗策を提案』
「あるのかよ」
『条件付き』
わずかな間。
そして——
『対象の“定義干渉”を上書きする』
その言葉。
フランソワが反応する。
「……それは……!」
「できんのか?」
クレージュが問う。
『可能。ただし——』
ほんの一瞬。
わずかに、声にノイズ。
『使用時、当機構の影響範囲が拡大する』
「……どれくらいだ」
『現状比、約三倍』
「はは」
乾いた笑い。
「リスクでかすぎだろ」
『代替案なし』
即答。
容赦がない。
その間にも、敵が動く。
今度は、マリアへ。
「——っ!」
避けきれないタイミング。
だが——
「させるか!」
クレージュが割り込む。
未来予測で、ギリギリ間に合う。
衝突。
衝撃。
地面が砕ける。
「……クレージュ!」
マリアが叫ぶ。
クレージュは、振り返らない。
ただ——
小さく言う。
「……使うぞ」
誰に向けたかは、明確。
内側の“それ”に。
『承認』
即答。
「ちょっと待って!」
マリアが止める。
「それ、危険なんじゃ——」
「分かってる」
遮る。
短く。
「でも、これじゃ終わらねえ」
視線を前に向ける。
敵は、完全に無傷。
このままではジリ貧。
「だから——」
一歩、踏み出す。
「一回だけだ」
深く息を吸う。
その瞬間。
クレージュの目の奥で——
“何か”が切り替わった。
『干渉領域、展開』
世界が、静止する。
音が消える。
色が、薄れる。
そして——
クレージュを中心に、見えない“領域”が広がった。
「……これが……」
フランソワが息を呑む。
その中では——
“定義”が、揺らいでいる。
敵が、初めて“止まった”。
完全に。
ズレが消える。
固定される。
「——今だ」
クレージュが、低く言う。
その声は。
いつもより、少しだけ“重なって”いた。
まるで——
二つの声が、同時に発せられているみたいに。
フレイが笑う。
「最初からそれやれ!」
「うるせえ!」
全員が動く。
今だけは、確実に当たる。
確実に、“そこにいる”。
集中攻撃。
連撃。
叩き込む。
そして——
クレージュが、最後に踏み込む。
「終わりだ」
一閃。
完全に固定された敵を——
真っ二つに切り裂いた。
静寂。
領域が、消える。
色が戻る。
音が戻る。
そして——
敵は、崩れ落ちた。
今度こそ。
“再定義”されることなく。
「……やった、のか」
フレイが息を吐く。
誰もすぐには動かない。
様子を見る。
だが——
もう、動かない。
完全に沈黙している。
「……終わったわね……」
マリアが、ほっと息をつく。
そのとき。
クレージュが、よろめいた。
「おい!」
フレイが支える。
「大丈夫か!?」
「……ああ……」
返事はある。
だが——
明らかに、さっきまでと違う。
目の焦点が、少しだけ“遠い”。
そして。
ぽつりと、呟く。
「……ちょっと……広がったな……」
「何がだ」
エイドが問う。
クレージュは、ゆっくりと笑う。
「“あいつ”の範囲」
その一言で、空気がまた冷える。
内側の“それ”が、静かに告げる。
『干渉領域、拡張完了』
誰にも聞こえないはずの声。
だが——
その“影響”は、確実に外へと広がり始めていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




