7-69「揺らぐ輪郭」
“線”が消えた。
あれほど空間を縛っていた異常は、まるで嘘みたいに霧散する。
静寂。
本当に、ただの静寂。
「……」
誰も、すぐには動けなかった。
触れている。
全員がまだ、クレージュに手を置いたまま。
離したら、また何かが起きる気がして。
——怖かった。
「……おい」
フレイが、恐る恐る声をかける。
「クレージュ……?」
一拍。
間があって——
「……あー……」
クレージュが、ゆっくり顔を上げた。
眉をしかめて、頭を押さえる。
「……頭いてぇ……」
その声。
その言い方。
完全に、“いつもの”。
「……っ……!」
フレイの肩から、一気に力が抜ける。
「てめぇ……!」
思い切り殴りそうになって——
寸前で止める。
代わりに、強く肩を掴んだ。
「戻ってきやがったな……!」
「……何がだよ……」
クレージュが、ぼやく。
視線が、ゆっくり周囲をなぞる。
マリア。
フランソワ。
リシェル。
エイド。
そして、フレイ。
「……あー……」
小さく、息を吐く。
「……めちゃくちゃ無茶した気がする」
「気がするじゃねえよ」
エイドが呆れたように言う。
「実際してる」
「だよな……」
苦笑する。
そのやり取りに、ようやく空気が緩む。
緊張がほどける。
安堵が、じわじわ広がる。
——戻ってきた。
ちゃんと。
クレージュが。
「ほんと……無茶しすぎよ……」
マリアが、小さく呟く。
少しだけ、声が震えている。
「……悪い」
珍しく、素直に謝る。
それがまた、“らしい”。
「あとでちゃんと説教するから」
「それは勘弁してくれ」
軽口。
いつもの空気。
ようやく、終わった。
——そう思った、そのとき。
「……なあ」
クレージュが、ぽつりと言う。
「ん?」
フレイが顔を上げる。
クレージュは、自分の手を見ていた。
ゆっくりと、開いて、閉じる。
何かを確かめるように。
「……変なんだよな」
その言い方。
さっきとは違う、少しだけ重い声。
「何が?」
誰も、笑わない。
自然と、また空気が引き締まる。
クレージュは、少しだけ考えて——
「……“どこまでが俺か”、分かりづらい」
その言葉。
全員が、固まる。
「は……?」
フレイが眉をひそめる。
クレージュは、困ったように笑う。
「いや、普通に動けるし、記憶もある」
視線を上げる。
「お前らのことも、ちゃんと分かる」
そこに嘘はない。
ちゃんと、“戻っている”。
だが——
「でもさ」
少しだけ、間を置いて。
「……中に、“余計なもの”がある気がする」
風が、止まった気がした。
誰も言葉を発さない。
そのとき。
フランソワが、静かに一歩前に出る。
「……見せていただけますか」
クレージュが肩をすくめる。
「いいけど」
軽く頷く。
フランソワが手をかざす。
慎重に。
触れない距離で、解析を始める。
数秒。
ほんの数秒の沈黙。
だが——
その間に、彼の表情が変わった。
「……これは……」
「何だよ」
エイドが低く問う。
フランソワは、ゆっくりと口を開く。
「……“残っている”」
「何がだ」
一瞬、迷って——
それでも、はっきりと言った。
「——あの“核”の一部が」
凍りつく空気。
冗談じゃない。
そんなものを、体内に残したまま——
クレージュは、立っている。
「……マジかよ」
フレイが、顔を歪める。
クレージュは、苦笑する。
「だから言っただろ。変だって」
軽く言う。
だが、その目は——
どこか、さっきまでと違っていた。
ほんの一瞬。
ほんのわずか。
“奥”に、別の光が揺れる。
そして——
誰にも聞こえないほど小さく。
クレージュの内側で。
『——再起動準備』
“それ”が、静かに目を覚ました。
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