7-70「境界のままに」
夜だった。
戦いの跡地は、ようやく静けさを取り戻していた。
崩れた地形。
抉れた大地。
だが、あの“異常な圧”はもうない。
風も、空気も、普通に戻っている。
——表面上は。
「……で?」
エイドが腕を組みながら言う。
「結局どうすんだ、こいつ」
視線の先。
少し離れた岩に腰掛けているクレージュ。
包帯は巻かれているが、本人はわりと平然としている。
「聞こえてるぞ」
「聞こえるように言ってる」
即答。
いつものやり取り。
だが——完全に“いつも通り”とは言い切れない空気がある。
「封じるか、監視か、それとも——」
エイドが言葉を切る。
選択肢の最後を、あえて口にしない。
だが、全員が分かっている。
——排除。
もし制御できないなら、その可能性もある。
「ちょっと」
マリアが睨む。
「戻ってきたばかりなのよ」
「分かってる」
エイドは目を逸らさない。
「だからこそだ」
冷静な判断。
情じゃなく、現実を見る目。
その空気を、クレージュが軽く崩す。
「別に、好きにしろよ」
肩をすくめる。
「暴れる気はねえし」
「“今は”な」
エイドの言葉は鋭い。
一瞬、沈黙。
だが——
「……そうだな」
クレージュは、あっさり頷いた。
その素直さが、逆に重い。
「完全に信用しろってのは、無理だろ」
視線を落とす。
自分の手を見る。
「俺でも、分かってねえし」
その一言。
嘘じゃない。
だからこそ、誰もすぐに否定できない。
そのとき。
「——じゃあさ」
フレイが口を開いた。
全員の視線が集まる。
「簡単だろ」
一歩、前に出る。
「見張ればいい」
「……それはさっき——」
「俺がやる」
即答。
かぶせるように言い切る。
「フレイ」
マリアが小さく呼ぶ。
だが、フレイは振り向かない。
「こいつが変なことしたら、俺が止める」
クレージュを見る。
まっすぐに。
「ぶん殴ってでも」
「雑だな……」
クレージュが苦笑する。
だが——
その目は、少しだけ柔らいだ。
「いいのかよ」
軽く聞く。
「面倒だぞ」
「今さらだろ」
フレイが鼻で笑う。
「今まで何回面倒起こしたと思ってんだ」
「……それもそうだな」
小さく笑う。
短いやり取り。
それだけで——
ほんの少しだけ、空気が軽くなる。
エイドが、ため息をついた。
「……はぁ」
諦め半分。
納得半分。
「最低限のラインは守れよ」
「分かってる」
フレイが頷く。
マリアも、静かに息を吐く。
「定期的に状態は確認するわ」
フランソワが続く。
「変化があれば、すぐ対処します」
リシェルも、小さく頷いた。
完全な解決じゃない。
むしろ、不安は残ったまま。
それでも——
“進む”ことは決めた。
クレージュは、その様子を見て。
ふっと、息を抜く。
「……悪いな」
ぽつりと呟く。
誰に向けたかは、分からない。
だが——
ちゃんと届いていた。
夜風が、吹く。
静かな時間。
戦いの後の、わずかな休息。
そのとき。
クレージュの視界の端で——
“何か”が、揺れた。
「……」
誰も気づかない。
クレージュだけが、それを見る。
空間に、細い“線”。
ほんの一瞬だけ現れて——消えた。
「……気のせい、か?」
小さく呟く。
だが。
その奥で。
確かに、何かが“動いた”。
『観測継続』
かすかな声。
もう、外には漏れない。
完全に——内側だけのもの。
クレージュは、何も言わない。
ただ、空を見上げる。
星は、いつも通り瞬いている。
何も変わっていないように見える世界。
だが——
確実に、“何か”は残っている。
そしてそれは、まだ終わっていない。
静かに。
確実に。
次の“異常”へと繋がっていく
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




