7-68「呼び戻す声」
「——再定義、開始」
その一言で。
空気が、完全に変わった。
ビリ、と。
見えない“線”が、周囲に走る。
さっきまでの異常と、同質のもの。
だが規模は違う。
小さい。
——けれど、確実に“本物”。
「……っ、下がれ!!」
エイドの声が飛ぶ。
全員が反射的に距離を取る。
だが——
フレイだけが、動かなかった。
「フレイ!!」
マリアの叫び。
それでも、止まらない。
一歩、踏み出す。
クレージュへ。
まっすぐに。
「……お前」
目の前まで来る。
手を伸ばせば届く距離。
危険すぎる間合い。
それでも——止まらない。
「ふざけんなよ」
低く、吐き出す。
怒りでも、恐怖でもない。
もっと、奥の感情。
「“誰だ”ってなんだよ」
クレージュの視線が、フレイに固定される。
『対象、接近』
淡々とした認識。
それだけ。
「……お前が、誰だよ」
フレイの拳が、震える。
殴りたい。
でも殴れない。
目の前にいるのは——仲間だから。
「一緒に来ただろ」
一歩、近づく。
さらに危険な距離へ。
「バカやって、死にかけて」
もう一歩。
「それで——戻ってきたんだろ」
沈黙。
クレージュは、何も答えない。
ただ見ている。
観測するように。
そのとき——
『情報照合……』
わずかに、声が揺れた。
ほんの一瞬。
ノイズのような違和感。
マリアが、ハッとする。
「今の……!」
フレイは気づいていない。
だが、そのまま続ける。
「忘れてるなら、思い出せよ」
手を伸ばす。
触れる寸前。
エイドが叫ぶ。
「やめろ!! 触れるな!!」
止まらない。
フレイは、そのまま——
クレージュの胸ぐらを掴んだ。
ビリッ——!!
瞬間、強烈な反発。
見えない衝撃が走る。
「ぐっ……!!」
吹き飛びかける。
だが、離さない。
歯を食いしばって、掴み続ける。
「離すかよ……!」
血が滲む。
腕が震える。
それでも——
離さない。
「お前はクレージュだろ!!」
その叫び。
その瞬間。
『——クレージュ』
その名前が、反響した。
内側で。
何かが、強く引っかかる。
クレージュの瞳が——
わずかに揺れた。
「……っ……」
口が、動く。
自動処理じゃない。
自発的な、動き。
『……不明……』
だが、すぐに打ち消される。
線が、強く走る。
再定義が、加速する。
「チッ……間に合ってねえか……!」
エイドが舌打ちする。
このままじゃ、飲まれる。
完全に。
そのとき。
「……だったら、足りねえだけだ」
フレイが、笑った。
無茶な笑い。
いつも通りの。
「もっと叩き込めばいい」
「フレイ……?」
振り向かない。
ただ、掴んだまま。
「お前らも来いよ」
その一言。
仲間たちが、顔を見合わせる。
一瞬の迷い。
だが——
「……はぁ、ほんと無茶するわね」
マリアが前に出る。
手を伸ばす。
クレージュの肩に触れる。
ビリッ——!
「っ……!」
痛み。
だが、離さない。
「一人じゃ足りないなら、全員でやる」
フランソワも来る。
リシェルも。
エイドも、最後に並ぶ。
「……責任は全員で取る」
そして——
全員が、クレージュに触れた。
その瞬間。
“何か”が、流れ込む。
記憶じゃない。
言葉でもない。
でも確かに——
一緒に過ごした時間。
戦った日々。
笑った瞬間。
全部が、一気に押し寄せる。
『——過負荷』
クレージュの中で、何かが悲鳴を上げる。
処理しきれない。
定義できない。
“個”じゃない情報。
関係性。
感情。
曖昧で、矛盾していて——
だからこそ、人間のもの。
「思い出せよ……!」
フレイが叫ぶ。
「お前は一人じゃねえだろ!!」
その瞬間。
クレージュの瞳が、大きく揺れた。
『……処理不能……』
声が、崩れる。
ノイズが増える。
線が、乱れる。
そして——
「……フ……レイ……?」
小さく。
かすれるように。
確かに——
“自分の声で”、そう言った。
全員の目が見開かれる。
「……戻ってこい」
フレイが、静かに言う。
怒鳴らない。
ただ、まっすぐに。
「ここだ」
その言葉。
その場所。
その関係。
すべてが——
クレージュの中で、ぶつかり合う。
『再定義……崩壊……』
声が、完全に乱れる。
線が、弾ける。
そして——
「……あー……」
クレージュが、頭を押さえる。
苦しそうに。
だが——
どこか、見覚えのある仕草で。
「……うるせえな……」
その一言。
それだけで——
全員が、息を呑んだ。
次の瞬間。
“線”が——
完全に、消えた。
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