7-67「残響」
風が、戻っていた。
さっきまであれほど歪んでいた空間は、まるで何もなかったかのように静まり返っている。
空も、大地も、いつも通り。
——ただ一つを除いて。
「……」
フレイが、黙ったままクレージュを見下ろしていた。
横ではマリアが治癒を続けている。
淡い光が、傷をなぞるように包む。
「外傷は……思ったより酷くない」
マリアがぽつりと言う。
だが、その表情は晴れない。
「でも……おかしいの」
「何がだ?」
エイドが視線を向ける。
一瞬、言葉を選ぶように間があって——
「“中身”が、静かすぎる」
その一言に、空気がわずかに張り詰めた。
「静か……?」
リシェルが首をかしげる。
マリアはゆっくり頷いた。
「普通、あれだけのことをしたら……もっと乱れてるはずなの。力の流れも、意識の波も」
手をかざす。
確かめるように。
「でも今のクレージュは……まるで——」
言いかけて、止まる。
言葉にするのを躊躇うように。
「……なんだよ」
フレイが促す。
少し苛立ったように。
マリアは、小さく息を吐いてから言った。
「——“整理されすぎてる”」
沈黙。
その表現が、妙に引っかかった。
整っているのはいいことのはずなのに。
なぜか、嫌な感じがする。
「……あいつが?」
フレイが苦笑する。
「真逆だろ」
いつも無茶で、勢いで、ぐちゃぐちゃで。
だからこそ、あいつだった。
だが——
「それが……今は違うの」
マリアの声は、静かだった。
確信に近い何かを含んで。
「ノイズが、ない」
その言葉が落ちた瞬間。
フランソワが、ピクリと反応した。
「……ノイズが、ない?」
普段なら見逃すような違和感。
だが今は、それがやけに重い。
「ええ。まるで……」
マリアの視線が、クレージュの顔に落ちる。
眠っている。
ただそれだけに見える。
だが——
「“余計なものが削ぎ落とされた”みたいに」
そのとき。
ピクリ、と。
クレージュの指が、もう一度動いた。
「——っ!」
全員の視線が、一斉に集まる。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
瞼が、持ち上がる。
「……」
開いた。
クレージュの目が。
その瞬間——
全員が、言葉を失った。
「……おい」
フレイが、低く呼びかける。
反応は、ある。
視線が、動く。
確かにこちらを見ている。
だが——
「……誰だ」
静かに。
あまりにも自然に。
クレージュは、そう言った。
凍りつく空気。
「……は?」
フレイの声が、かすれる。
冗談じゃない。
そう言おうとした。
だが——
笑えなかった。
その目が。
あまりにも“無機質”だったから。
「ここは……どこだ」
ゆっくりと体を起こす。
動きに無駄がない。
滑らかすぎる。
違和感しかない。
「おい……ふざけんなよ……」
フレイが、クレージュの肩を掴む。
強く。
揺さぶる。
「俺だ! 分かんだろ!?」
一瞬。
クレージュの視線が、フレイに固定される。
そして——
ほんのわずか。
“間”があった。
まるで、何かを“照合する”ような。
「……該当情報なし」
その言葉。
その響き。
その温度。
全部が——
“違った”。
マリアの手が、震える。
エイドが目を細める。
フランソワが、息を呑む。
誰も、すぐには動けなかった。
だってこれは——
助かったはずの戦いの、結末じゃない。
「……嘘、でしょ……」
リシェルが、小さく呟く。
誰も答えない。
答えられない。
目の前にいるのは、確かにクレージュだ。
姿も、声も、何もかも同じ。
なのに——
「対象、複数確認」
ゆっくりと、立ち上がる。
その目が、全員をなぞる。
冷たく。
正確に。
「状況、未解析」
空気が、張り詰める。
嫌な予感が、確信に変わる。
「——再定義、開始」
その宣告と同時に。
クレージュの周囲で——
わずかに“線”が、揺らいだ。
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