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7-54「触れてはいけない核心」

 世界が、剥がれる。


 音も、光も、温度も——すべてが一枚ずつ引き剥がされていくような感覚。


 気づけば、そこには“何もない場所”が広がっていた。


 上下もない。


 奥行きもない。


 ただ、無限に広がる空白。


「……ここは……」


 クレージュが呟く。


 声は、確かに出ているはずなのに——どこにも響かない。


 吸い込まれるように、消えていく。


 『解析、開始』


 すぐ近くで、声がした。


 いや——近いという概念すら曖昧だ。


 それは距離ではなく、“直接触れてくる情報”として存在している。


 『対象:クレージュ』


 ぞわり、と背筋が粟立つ。


 完全に、狙われている。


 他の誰でもない。


 自分だけが——切り離されている。


「……仲間は、どうした」


 問いかける。


 返答が来るとは思っていない。


 だが——


 『他個体、処理対象外』


 返ってきた。


 あまりにもあっさりと。


 まるで価値がないと言わんばかりに。


「……は?」


 一瞬、思考が止まる。


 処理対象外。


 つまり——


 “今はどうでもいい存在”。


 その意味が、遅れて理解に追いつく。


 胸の奥で、何かが軋んだ。


 だがそれ以上に——


 別の感情が、ゆっくりと湧き上がる。


「……そうかよ」


 怒りだった。


 静かで、冷たい怒り。


「勝手に選んで、勝手に切り捨てて……」


 拳を握る。


 この空間に触れられるのかも分からない。


 それでも、構わない。


「——ふざけんな」


 『感情変動、確認』


 淡々とした声。


 だが、その奥にわずかな“興味”が混じる。


 『非合理的反応。記録』


「合理で動いてるつもりか?」


 クレージュは笑った。


 乾いた、短い笑い。


「なら教えてやるよ」


 一歩、踏み出す。


 足場なんてない。


 それでも、確かに“進める”。


 この空間は——完全な虚無じゃない。


 “何かの上にある”。


 さっき見えた“線”と“点”。


 あれが、ここにもある。


「お前の見えてないもんが——」


 指先を、わずかに動かす。


 空間の中に、ほんの微かな“ズレ”を感じる。


 触れる。


 引く。


 歪む。


 『——干渉?』


 初めて、声が揺れた。


 ほんのわずかだが、確実に。


「これが——俺だ」


 クレージュの瞳が、強く光る。


 理解されないもの。


 定義されないもの。


 それでも確かに存在する“個”。


 『解析優先度、上昇』


 空間が、軋む。


 圧が、一気に強まる。


 さっきまでとは比べ物にならない。


 潰しに来ている。


 完全に。


「……上等だよ」


 息を吐く。


 怖くないわけじゃない。


 むしろ——今までで一番、怖い。


 自分の全部を見られている。


 剥がされている。


 それでも——


「来いよ」


 視線を上げる。


 そこに何があるかなんて、分からない。


 それでも確信だけはあった。


 “見ている奴”がいる。


「——全部見て、それでも分からねえって言わせてやる」


 『……興味、最大』


 その瞬間。


 空白が、崩れた。


 ——そして現実へと、叩き戻される。


 激しい衝撃とともに。


 「クレージュ!!」


 誰かの叫び声が、今度ははっきりと耳に届いた。

お読みいただきありがとうございます。

次回もお楽しみに。

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