7-44「言葉を持つもの」
『——観測対象、認識』
声は、逃げ場がなかった。
耳からじゃない。
頭の内側に、直接“置かれる”ような感覚。
「……っ、これ……!」
マリアが頭を押さえる。
痛みじゃない。
拒絶反応に近い、強い違和感。
「落ち着け。聞き流すな、逆に“聞け”」
クレージュが短く言う。
自分でも分かっていた。
これは攻撃じゃない。
“接触”だ。
だからこそ——危険だ。
『対象群、複数。個体差、確認』
淡々とした声が続く。
感情がない。
だが、完全に無機質とも違う。
“評価している”。
そんなニュアンスが、はっきりと伝わってくる。
「……おい、こっち見てるぞ」
フレイが低く言う。
視線はないはずなのに——
確実に“見られている”感覚がある。
逃げ場はない。
隠れる場所もない。
どこにいても、同じ。
『高反応個体、複数確認』
その瞬間。
空気が、わずかに変わった。
「……来る」
クレージュの声が、さらに低くなる。
直感だった。
だが、確信でもある。
次に来るのは——
“試し”じゃない。
『適合試験、開始』
言葉が落ちた瞬間。
世界が、弾けた。
視界が白く飛ぶ。
足場が消える。
「っ!?」
落ちる——
そう思った瞬間。
身体が、止まった。
いや、“固定された”。
空中でも地面でもない場所。
上下も、前後も、曖昧な空間。
「……なんだよ、ここ……」
フレイの声が、かすかに震える。
無理もない。
景色が存在しない。
ただ、白。
広がっているのか、閉じているのかも分からない。
距離という概念が、壊れている。
「全員、無事か!」
エイドの声。
「……いる!」
「問題ないです!」
「視界は……共有できてる……?」
声は届く。
だが、姿が見えない。
いるはずなのに、見えない。
近くにいるのか、遠くにいるのかも分からない。
そんな中——
クレージュだけは、目を細めていた。
「……なるほどな」
ぽつりと呟く。
「どうした!?」
「これ……“場所”じゃない」
「は?」
「空間じゃなくて——“認識そのもの”に干渉してる」
その言葉に、誰もすぐには理解できなかった。
だが——
直後、それを証明するように。
“声”が、また響く。
今度は、少しだけ近くに。
『分離完了』
ぞわり、と背筋が粟立つ。
「……分離?」
マリアが息を呑む。
その意味を理解する前に——
世界が、変わった。
白が、崩れる。
景色が、流れ込んでくる。
だがそれは——
“それぞれ違った”。
「……え?」
リシェルが、呆然と声を漏らす。
目の前に広がっていたのは——
見覚えのある場所だった。
城の中庭。
幼い頃に過ごした、記憶の場所。
「なんで……ここ……」
足が、震える。
ありえない。
今いる場所じゃない。
なのに、空気も匂いも、全部が本物だった。
一方で——
「……は、なんだこれ」
フレイの前に広がっていたのは、燃え上がる街だった。
見覚えがある。
忘れたくても、忘れられない光景。
「やめろよ……それ、今出すなよ……」
笑おうとして、失敗する。
喉が、乾く。
そして——
クレージュの前には。
「……俺か」
立っていた。
“自分自身”が。
同じ顔。
同じ目。
だが——どこか違う。
感情が、ない。
ただ、“観るためだけに存在している目”。
『個体別適合試験、開始』
声が、静かに告げる。
逃げ場はない。
これは——
それぞれの“内側”に潜る戦い。
そしてクレージュは、目の前の“自分”を見据えたまま、小さく息を吐いた。
「……いい趣味してるじゃねえか」
恐怖は、ある。
だが、それ以上に——
燃えていた。
ここを越えれば、届く。
そんな確信が、あった。
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次回もお楽しみに。




