7-41「届かない場所からの視線」
「……遠い、ってどのくらいだ」
エイドの問いは低く、抑えられていた。
だが、その声の奥にある警戒は隠しきれていない。
クレージュはすぐには答えなかった。
足元に残る“それ”の気配を、もう一度確かめるように視線を落とす。
完全に消えている。
魔力の残滓すら、ほとんど感じない。
それなのに——
妙な感覚だけが、消えない。
「……分からない」
ようやく、口を開く。
「ただ、はっきりしてるのは——“ここじゃない”ってことだ」
「それは見りゃ分かる」
フレイが肩をすくめる。
「問題は、その“ここじゃない場所”がどこかって話だろ」
「……ああ」
クレージュは小さく頷いた。
そして一度、空を見上げる。
晴れているはずなのに、やけに高く、遠く感じる。
まるで——どこかに“繋がっている”ような、妙な違和感。
「……俺たちが戦ったのは、“端末”だと思う」
その言葉は、静かに落ちた。
しかし、その場の空気を確実に変えるには十分だった。
「端末……?」
マリアが眉を寄せる。
聞き慣れない言葉ではないが、この状況で聞くと意味が重くなる。
「誰かが操作していたってことですか?」
「その可能性が高い」
答えたのはエイドだった。
彼は腕を組み、視線を細める。
「動きが妙に“合理的”だった。無駄がなさすぎる。まるで——試験でもしてるみたいにな」
「……試験」
リシェルがその言葉を繰り返す。
その表情には、わずかな不安が浮かんでいた。
「じゃあ、私たち……見られてたってこと?」
「たぶんな」
クレージュはあっさりと肯定する。
だが、その声音は重い。
「さっきの視線、覚えてるだろ」
誰も否定しない。
あの“それ”の目。
あれは確かに、ただの敵のそれじゃなかった。
殺意でも、憎悪でもない。
もっと冷たいもの。
値踏みするような——そんな視線。
「……で、その操ってるやつはどこにいる」
エイドが改めて問う。
核心だ。
ここを曖昧にしたままでは、次の一手が決められない。
クレージュは、少しだけ考えた。
言葉にしてしまえば、引き返せなくなる。
だが、それでも——口にする。
「……距離の感覚が、おかしいんだ」
「おかしい?」
ティロが静かに聞き返す。
「普通、“遠くにいる”っていうなら、気配は薄くなるはずだろ」
「まあ、そうだな」
「でも、あれは違った」
クレージュはゆっくりと続ける。
「遠いはずなのに、“近い”」
「……は?」
フレイが素直に混乱する。
「いや、意味わかんねぇんだけど」
「俺も、説明できるわけじゃない」
苦笑するように言う。
「でも感覚としては、“繋がってる”って感じだ」
「繋がってる……?」
マリアが小さく呟く。
「どこか遠くにあるのに、同時にここにも“触れてる”ような……そんな違和感がある」
言葉にすればするほど、現実味が薄れる。
だが——
全員が、なんとなく理解してしまう。
あの存在なら、あり得ると。
「……つまり」
エイドがゆっくりと言う。
「距離って概念そのものが、通用しない相手かもしれねぇってことか」
「たぶんな」
クレージュは頷いた。
「少なくとも、“歩いて行ける場所にいる敵”じゃない」
その一言で、場の空気がさらに重くなる。
剣で斬れば届く相手ではない。
走れば辿り着ける距離でもない。
そもそも——“どこにいるのか”すら、分からない。
「……厄介だな」
フランソワが静かに呟く。
その声には、焦りではなく、純粋な評価が含まれていた。
「ああ」
エイドも同意する。
「だが、やることは変わらねぇ」
その言葉に、何人かが顔を上げた。
「向こうが見てるなら——見せてやればいい」
「見せる?」
「俺たちが、どこまでやれるかってな」
口元が、わずかに笑う。
挑発にも似た笑みだった。
「試してるつもりなら、後悔させてやる」
その言葉に、空気が少しだけ戻る。
重さは消えない。
だが、沈まない。
「……そうだな」
クレージュも、小さく息を吐いた。
視線を前に戻す。
もう、“それ”の姿はない。
だが——
確かに、見られている。
どこからか。
届かない場所から。
「だったら——こっちもやるだけだ」
静かに、しかしはっきりと言う。
その声には、迷いがなかった。
見えない相手でもいい。
届かなくてもいい。
それでも——
ここで止まる理由にはならない。
風が、再び吹く。
今度は冷たくない。
むしろ、どこか澄んでいる。
戦いは終わっていない。
むしろ——
本当の意味で、今始まったばかりだった。
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次回もお楽しみに。




