7-40「名もなき観測者」
「……いや、まだ仮説だ」
クレージュはそう言いながらも、視線は“それ”の残骸から外さなかった。
完全に消えているはずなのに——
どこか、“終わっていない”感覚がある。
「仮説でもいい。言え」
エイドが促す。
短く、だが強い口調だった。
クレージュは一度だけ息を整えてから、言った。
「……あれ、“生き物”じゃないかもしれない」
「は?」
フレイが間の抜けた声を出す。
「いやいやいや、どう見ても動いてたろ」
「動いてた。でも、“意思で動いてたか”は別だ」
「……どういう意味だ?」
ティロが問い返す。
クレージュは少し考えながら、言葉を選ぶ。
「たとえば……道具」
「道具?」
「誰かが使うための、“目”とか、“手”みたいなもの」
その表現に——空気が変わった。
理解が追いついたわけじゃない。
だが、本能が告げている。
それは、まずい発想だと。
「……つまり」
マリアが静かに言う。
「本体は、別にいる……?」
「可能性は高い」
クレージュは頷く。
「しかも、かなり遠くからでも干渉できるタイプだ」
「冗談だろ……」
フレイが額を押さえる。
「じゃあ何か? 俺たち、見られてたってことか? 誰かに」
「……ああ」
短く、肯定。
その一言が、重く落ちる。
森の空気が、一段冷えた気がした。
「……ねえ」
リシェルが、小さく言う。
全員が振り向く。
「もし、その“誰か”が……本当にいるなら」
一瞬、言葉が途切れる。
それでも、続ける。
「どうして、私たちを見てたの?」
その問いは、まっすぐだった。
恐怖もある。
でも、それ以上に——知ろうとしている。
王女としてではなく、一人の人間として。
クレージュは、少しだけ目を細めた。
「……候補、って言っただろ」
「候補?」
「ああ。“選ぶ”側がいるなら、“選ばれる”側もいる」
「……それが、私たち?」
「たぶんな」
断定はしない。
だが、ほぼ確信に近い。
「……何のために?」
リシェルの声が、わずかに震える。
それでも、逃げない。
その姿に——クレージュは少しだけ笑った。
「それが分かれば、苦労しない」
「……だよね」
小さく、苦笑。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
そのときだった。
「——っ、待て」
エイドが、急に声を落とす。
全員の動きが止まる。
「どうした?」
「……静かにしろ」
空気が、変わる。
先ほどまでとは違う——別の緊張。
エイドの視線は、森の奥。
暗闇のさらに奥を見ている。
「……何かいるのか?」
フレイが小声で聞く。
エイドはすぐには答えない。
代わりに、ゆっくりと魔力を巡らせる。
探る。
慎重に。
そして——
「……いるな」
低く、確信の声。
「さっきのとは違う」
「違う?」
「ああ。もっと……はっきりしてる」
その言葉に、全員の背筋が伸びる。
さっきの“それ”でさえ異常だった。
それとは“違う”、そして“はっきりしている”存在。
嫌な予感しかしない。
「数は?」
ティロが問う。
エイドは一瞬だけ目を閉じ——
「……一つ」
「一つ?」
「だが——」
ゆっくりと、目を開く。
その瞳には、はっきりとした警戒が宿っていた。
「質が違う」
その瞬間。
——音もなく。
“それ”は、現れた。
誰も、気づけなかった。
視界の中に“最初からいた”かのように——
そこに、立っていた。
「……は?」
フレイの声が、漏れる。
人影。
そう見える。
だが——
違う。
明らかに“人ではない”。
輪郭が、揺れている。
存在そのものが、不安定だ。
それなのに——
視線だけが、異様に“はっきり”している。
そして。
その視線が——
再び、リシェルに向けられた。
「……見つけた」
声がした。
初めて、“言葉”を発した。
ぞくり、と全員の背筋が震える。
理解できる言語。
それが、何よりも危険だった。
「……やっと、見つけた」
それは、確かにそう言った。
まるで——
ずっと探していたものに辿り着いたかのように。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




