7-37「視線の先にあるもの」
“それ”の視線が、止まったまま動かない。
リシェルに向けられたまま——
空気が、重く沈む。
誰も口を開けない。
いや、開かないんじゃない。開けない。
本能が告げている。
ここで何かを間違えれば、終わると。
「……リシェル」
クレージュが、低く呼ぶ。
返事はない。
だが、わずかに肩が動いた。
視線は逸らさない。
逃げない。
その姿に、“それ”の輪郭がわずかに揺れた。
——反応した。
「……そういうことか」
エイドが小さく呟く。
「なんか分かったのか?」
フレイが聞き返す。
「ああ。たぶん、あいつ……“強さ”じゃなくて、“中身”見てる」
「中身?」
「覚悟とか、意思とか、そういう類だ」
その言葉に、誰も否定しなかった。
むしろ、妙に納得してしまう。
あの視線は、確かに“測っている”。
力じゃない。
もっと内側の、何かを。
「……だったら、尚更だな」
クレージュが、一歩前に出る。
自然な動きだった。
庇うようでもあり、立ち塞がるようでもある。
「お前の相手は、俺だ」
はっきりと言い切る。
その瞬間、“それ”の視線がゆっくりと動いた。
リシェルから——クレージュへ。
空気が、変わる。
「……っ、来るぞ!」
フランソワの声。
次の瞬間、世界が弾けた。
音が遅れてやってくるほどの速度。
“それ”は消えたように見えて——
次には、もう目の前にいた。
「——!!」
クレージュは反射で腕を上げる。
魔力障壁を展開。
だが——
砕ける。
触れた瞬間、内側から壊された。
「がっ……!」
衝撃が体を貫く。
吹き飛ばされる寸前——
「——させない!」
横から、剣が差し込まれる。
ティロだ。
真正面からではない。角度をつけて、流す。
直撃の軌道を逸らす一太刀。
その一瞬のズレで、クレージュは踏みとどまる。
「……助かった」
「礼は後だ。今は死ぬな」
短い返し。
無駄がない。
そのやり取りに、クレージュはわずかに笑った。
「言うようになったな」
「最初からだ」
その背後で——
「補正、最大まで上げる!」
マリアの声。
視界が再び重なる。
遅れていた世界が、ぴたりと噛み合う。
「エイド!」
「もうやってる!」
エイドの魔法が展開される。
空間の歪みを固定する術式。
完全じゃない。
だが、“ズレ”を減らすには十分だった。
「アルジェリア!」
「準備はできています」
静かな声。
彼女の魔力が、ゆっくりと満ちていく。
鋭く、研ぎ澄まされた気配。
“切り札”だと分かる。
「フレイ!」
「任せろ!」
笑いながら、前に出る。
恐怖はあるはずだ。
それでも踏み出す。
それが、こいつだ。
「フランソワ!」
「すでに」
答えは短い。
だが、その位置は完璧だった。
守るべき場所に、すでに立っている。
全員が、動いている。
バラバラじゃない。
繋がっている。
その中心に——クレージュがいる。
(……いける)
確信だった。
一人じゃない。
だから——
「——合わせろ」
静かに言う。
全員に届くように。
「次で決める」
“それ”が、再び動く。
さっきより速い。
だが——見える。
読める。
全員の力が、重なっている。
「——今だ!!」
クレージュが踏み込む。
同時に——
剣が走る。
魔法が重なる。
視界が一点に収束する。
すべてが、ひとつの“軌道”に乗る。
狙いはただ一つ。
“核のさらに奥”。
存在の中心。
そこへ——
届く。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




