7-36「それぞれの覚悟」
夜は、静かすぎるほど静かだった。
焚き火の音が、ぱちぱちと小さく弾ける。その規則的な音だけが、今この場所に現実を繋ぎ止めているみたいだった。
誰も、すぐには口を開かなかった。
昼間の出来事――あの黒い気配。あれがただの魔物ではないことくらい、この場にいる全員が分かっている。
「……あれ、なんだったんだろうな」
ぽつりと呟いたのは、フレイだった。
普段は軽口ばかりの彼が、こんなふうに言葉を選ぶのは珍しい。それだけ、あの存在が異質だったということだ。
クレージュは焚き火を見つめたまま、ゆっくりと息を吐く。
「分からない。でも、ひとつだけ確かなのは……あれは“敵意”そのものだった」
その言葉に、空気がわずかに張り詰める。
リシェルが膝を抱えながら、小さく頷いた。
「うん……あれ、見られてた気がする。ずっと。まるで……試されてるみたいな」
「試す?」
エイドが眉をひそめる。
リシェルは少し考えてから、言葉を探すように続けた。
「強さ、とかじゃなくて……もっとこう……中身?みたいな」
その言葉に、誰もすぐには返せなかった。
中身。
つまりそれは――覚悟とか、信念とか、そういうものだ。
フランソワが静かに口を開く。
「もし、それが本当だとしたら……これから先、私たちは“選ばれる”かもしれませんね」
「は?選ばれるって、誰にだよ」
フレイが顔をしかめる。
だがフランソワは視線を上げず、淡々と続けた。
「世界に、です」
その一言が、不思議と冗談には聞こえなかった。
アルジェリアが腕を組みながら、低く唸る。
「世界、ね……ずいぶんとでかい話になってきたな」
「でも、あり得る」
そう言ったのは、エイドだった。
彼は焚き火の向こう側、暗闇の奥を見つめている。
「最近の異変、全部繋がってる気がするんだ。魔物の動きも、あの気配も……偶然にしては出来すぎてる」
「つまり、誰かが仕組んでるってことか?」
フレイが言う。
エイドは首を横に振った。
「“誰か”っていうより……もっと大きな流れ、かな」
その言葉に、クレージュは少しだけ目を細めた。
“流れ”。
それは、前の世界でも感じたことがあるものだった。
抗えないもの。けれど、乗るかどうかは選べるもの。
そのときだった。
「……ねえ」
静かに声を上げたのは、ティロだった。
全員の視線が、自然と彼に向く。
少しだけ戸惑いながらも、彼は言葉を続けた。
「もし……本当に、何かに選ばれるとしてさ」
一度、唇を噛む。
それでも、目は逸らさなかった。
「みんなは、それでも進む?」
その問いは、重かった。
逃げるという選択も、きっとある。
知らないふりをして、別の場所で生きることだってできるかもしれない。
この世界は広いのだから。
しばらくの沈黙のあと、最初に口を開いたのはフレイだった。
「当たり前だろ」
即答だった。
「ここまで来といて、今さら引き返せるかよ。なあ?」
その言葉は乱暴だったけれど、どこか優しかった。
リシェルが小さく笑う。
「うん。私も、同じ。怖いけど……逃げたら、きっと後悔する」
フランソワは静かに頷く。
「私は元々、守るためにここにいます。ならば、その先に何があろうと変わりません」
アルジェリアは肩をすくめた。
「面倒ごとは嫌いだが……まあ、退屈よりはマシだな」
エイドは、ゆっくりと息を吐いてから言った。
「俺は……知りたい。なんでこんなことが起きてるのか。その答えがあるなら、行くよ」
最後に、視線がクレージュに集まる。
彼は少しだけ考えてから、笑った。
「俺も同じだよ」
その声は、驚くほど自然だった。
「ここにいる理由、ちゃんと見つけたいからさ」
焚き火が、大きく弾ける。
その瞬間、不思議と全員の中で何かが揃った気がした。
ティロはその光景を見て、静かに息を吐いた。
「そっか……」
小さく呟く。
その顔には、少しだけ安心したような色が浮かんでいた。
マリアが、そっと隣に座る。
「大丈夫。ティロは一人じゃないよ」
その言葉に、彼は少し照れくさそうに笑った。
「……うん」
夜は、まだ続く。
けれどもう、さっきまでの静けさとは違っていた。
それは嵐の前の静寂ではなく、
進むと決めた者たちの、穏やかな覚悟の時間だった。
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