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7-35「それでも前に立つ理由」

 “それ”が、ゆっくりと首を傾けた。


 まるで——こちらを観察しているように。


 敵意とも違う。


 怒りでもない。


 ただ、興味。


 それが何よりも不気味だった。


「……舐められてるな」


 エイドが小さく吐き捨てる。


「いや——」


 クレージュが、静かに首を振った。


「たぶん、“比較されてる”」


「比較?」


「ああ。“どれだけ価値があるか”ってな」


 その言葉に、誰も笑わなかった。


 冗談じゃないと、全員が分かっている。


 “それ”の視線が、ゆっくりと動く。


 フランソワ。


 マリア。


 ティロ。


 アルジェリア。


 そして——リシェルで止まった。


 空気が、凍る。


「……っ」


 リシェルの喉がわずかに鳴る。


 それでも、目を逸らさない。


 逃げない。


 王女だからじゃない。


 “ここにいる理由”を、自分で決めているからだ。


 その瞬間。


 “それ”の輪郭が、わずかに揺らいだ。


 反応した。


「……気に入られたかよ」


 エイドが舌打ちする。


「最悪だな」


 “それ”が、腕のようなものを持ち上げる。


 次の瞬間。


 視界が、消えた。


「——っ!?」


 衝撃。


 遅れて、轟音。


 誰かが吹き飛ばされた。


 いや、“全員”だった。


 クレージュの身体が地面を転がる。


 息が詰まる。


 何が起きたか、理解が追いつかない。


「……今の、攻撃か……?」


 ティロの声が、かすれていた。


 立ち上がれない。


 身体が言うことを聞かない。


 ただ腕を振っただけ。


 それだけで、この有様。


 クレージュは、歯を食いしばる。


(勝てるのか、これに)


 初めて、そんな考えがよぎった。


 今までも強敵はいた。


 死にかけたこともある。


 それでも——どこかで“やれる”と思っていた。


 だが、これは違う。


 土俵が違う。


 理屈が通じる相手じゃない。


「……はっ」


 乾いた笑いが漏れた。


 情けない。


 今さら怖気づいてる。


 でも——


「それでも、だ」


 クレージュは、ゆっくりと立ち上がる。


 膝が震える。


 視界が揺れる。


 それでも、前を見る。


「ここで引いたら、終わりだろ」


 誰に言ったわけでもない。


 自分に言い聞かせるような声。


 その背中を見て——


「……ま、そうだよな」


 エイドが、立ち上がる。


 肩を回しながら、苦笑する。


「こういう時に下がるなら、とっくにやめてる」


 フランソワも、剣を支えに立ち上がる。


「王女の前で無様は見せられん」


「……それ、今言うこと?」


 マリアが息を整えながらも、かすかに笑う。


 ティロが、ぐっと拳を握る。


「……やるしかないってことだな」


 アルジェリアは何も言わない。


 ただ一歩、前に出た。


 それだけで十分だった。


 最後に——リシェル。


 彼女は静かに息を吸い、そして言った。


「……お願い」


 その一言に、全員が応える。


 クレージュは、一歩踏み出した。


 恐怖は消えない。


 差も埋まらない。


 それでも——


 戦う理由は、ここにある。


「行くぞ」


 その声と同時に、再び戦いが始まった。

お読みいただきありがとうございます。

次回もお楽しみに。

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