↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/253

7-34「現れる“本体”」

 空気が、歪んだ。


 音が消える。


 風も、足音も、呼吸さえも遠ざかるような、奇妙な静寂。


 その中心に——“裂け目”が生まれた。


 黒でもない、光でもない。


 ただ、そこにあるべきでない“穴”。


「……来るぞ」


 フランソワの声が低く落ちる。


 誰も動かない。


 動けない、が正しかった。


 本能が理解している。


 さっきまでの相手とは、根本から違うと。


 裂け目が、ゆっくりと広がる。


 そして——


 “それ”は現れた。


 形は、人に似ていた。


 だが、輪郭が曖昧だ。


 視界に入っているはずなのに、焦点が合わない。


 存在しているのに、認識が追いつかない。


「……なんだよ、あれ」


 エイドが思わず呟く。


 軽口ではない。


 本気で理解できていない声だった。


 クレージュも、言葉を失っていた。


 圧が違う。


 魔力の量じゃない。


 “在り方”そのものが異質だった。


「……あれが、“本体”」


 リシェルの声は、かすかに震えていた。


 それでも視線は逸らさない。


 逃げない。


 王女としてではなく、一人の人間として、そこに立っている。


 “それ”が、一歩前に出る。


 たったそれだけで、地面が軋んだ。


 空間が悲鳴を上げる。


 ティロが、息を呑む。


「……あいつ、立ってるだけで世界削ってるぞ……」


 冗談じゃない。


 現実の話だった。


 存在しているだけで、この場が耐えきれていない。


 マリアが、静かに杖を構える。


 だが——その手が、わずかに震えていた。


「……勝てる、の?」


 誰に向けた言葉でもない。


 ただ、零れた本音。


 その問いに答えたのは、意外にもアルジェリアだった。


「勝てるかじゃない」


 短く、はっきりと。


「ここで止める。それだけだ」


 その声には、迷いがなかった。


 覚悟だけがあった。


 クレージュが、ゆっくりと息を吐く。


 怖くないわけがない。


 むしろ、今までで一番怖い。


 それでも——


「……ああ、そうだな」


 剣を握り直す。


「ここで終わらせる」


 フレイが横に並ぶ。


「やっとラスボスっぽくなってきたじゃん」


 軽い調子。


 でも、その目は笑っていない。


 エイドが肩を回す。


「さっきのは前座かよ……勘弁してくれ」


 ティロが、小さく息を吸う。


 そして、前に出た。


 ほんの一歩。


 それだけなのに、確かな変化だった。


「……今度は、逃げない」


 誰に聞かせるでもない言葉。


 でも、それは確かに“仲間の声”だった。


 マリアが、その横に並ぶ。


「一人じゃないでしょ」


 短く、優しく。


 ティロは一瞬だけ驚いた顔をして——小さく頷いた。


 フランソワが前へ出る。


 リシェルの前に立つように。


「殿下、下がってください」


「いいえ」


 即答だった。


「ここで見ます」


 その瞳は、もう揺れていない。


 フランソワは一瞬だけ目を細めて——そして、何も言わなかった。


 守るべきものが、ただの存在じゃないと理解しているからだ。


 “それ”が、顔のようなものをこちらに向ける。


 感情はない。


 意思すら感じない。


 ただ——“観測”している。


 次の瞬間。


 世界が、落ちた。


 重力が反転したような感覚。


 視界が揺れ、足場が消えかける。


「っ——!」


 クレージュが歯を食いしばる。


 攻撃ですらない。


 ただの“干渉”。


 それだけで、この威力。


「ふざけんなよ……!」


 エイドが叫ぶ。


 その瞬間、フレイが魔法陣を展開する。


「クレージュ!合わせて!」


「ああ!」


 二人の魔力が重なる。


 光と炎が交差する。


 真正面から、“それ”に叩きつけた。


 爆ぜる。


 空間ごと焼き払うような一撃。


 だが——


「……効いて、ない?」


 煙が晴れる。


 そこに、“それ”はそのまま立っていた。


 傷一つない。


 微動だにしていない。


 ただ、こちらを見ている。


 理解する。


 これは——


「……攻撃の“意味”が通ってない」


 マリアが、静かに言った。


 その言葉が、重く落ちる。


 威力じゃない。


 速さでもない。


 そもそも、“届いていない”。


 ティロが、震える声で呟く。


「じゃあ……どうやって……」


 答えは、誰も持っていなかった。


 その時。


 クレージュの中で、何かが引っかかった。


 違和感。


 さっきから、ずっと感じていたもの。


 “席”。


 “器”。


 “意味が通っていない”。


 全部が、一本の線で繋がる。


「……なあ」


 小さく呟く。


 誰にともなく。


「これ、“倒す”相手じゃないんじゃないか?」


 全員の視線が集まる。


 クレージュは、“それ”を見据えたまま続ける。


「これ……“現れてるだけ”だ」


 その言葉に、空気が変わる。


 理解が、追いつき始める。


「本体は……まだ別にある」


 “それ”が、わずかに動いた。


 初めての変化。


 まるで、その言葉に反応したかのように。


 クレージュの鼓動が、強く鳴る。


 確信に近い感覚。


「これ、壊しても意味ない」


「じゃあ、どうする」


 フランソワが問う。


 短く、鋭く。


 クレージュは一瞬だけ目を閉じて——開いた。


「——繋がってる“先”を断つ」


 その瞬間。


 “それ”の周囲に、無数の線が浮かび上がった。


 今まで見えていなかった“何か”。


 空間の奥へと伸びる、見えない経路。


 マリアが息を呑む。


「……見えてるの?」


「ああ」


 クレージュは頷く。


「たぶん……俺にしか見えてない」


 フレイが、にやっと笑った。


「出たね、主人公能力」


「うるせえ」


 でも、その軽口で少しだけ空気が緩む。


 戦える。


 まだ、終わってない。


 ティロが一歩前に出る。


「その“線”、切ればいいんだな?」


「ああ。でも——」


 簡単じゃない。


 そう言いかけて、クレージュはやめた。


 もう、言う必要がない。


 全員わかっている。


 これは——本当の戦いだ。


 “それ”が、ゆっくりと手を上げる。


 今度は明確な“意思”のある動き。


 空間が軋む。


 崩壊が、始まる。


「行くぞ!」


 クレージュが叫ぶ。


 全員が、同時に動いた。


 世界の奥へ繋がる“線”を断つために。


 そして——


 本当の意味での決戦が、始まった。

お読みいただきありがとうございます。

次回もお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。