7-15「息を潜めるもの」
男の指が指した先。
広場の奥、崩れた建物の影。
そこだけ、妙に暗かった。
昼間のはずなのに、光が届いていないみたいに。
「……いるな」
フレイが低く言う。
剣に手をかけたまま、一歩前に出る。
クレージュは男の肩に手を置いた。
体温が低い。冷えきっている。
「リシェル、頼む」
「はい」
すぐにしゃがみ込む。
手をかざすと、淡い光が広がった。
その光に触れた瞬間、男の呼吸がわずかに整う。
完全じゃない。
だが、今はそれでいい。
「命は繋げます。でも……」
リシェルが言葉を濁す。
「分かってる」
クレージュは短く返す。
今は治療よりも、これ以上被害を増やさないこと。
それが先だ。
アルシェリアが一歩、前に出た。
視線はずっと奥に向いたまま。
「動いてる」
その一言で、背筋が冷える。
音はしない。
気配も、ほとんどない。
それでも“いる”。
確信だけがある。
クレージュはゆっくり立ち上がった。
足に力を入れる。
鈍い痛みが、遅れて返ってくる。
(……まだ使える)
自分に言い聞かせるように、軽く足を踏み直す。
砂が靴の下で鳴る。
やけに大きく響いた気がした。
「静かに行くぞ」
声を落とす。
全員が頷く。
呼吸すら、少しだけ抑える。
一歩。
また一歩。
瓦礫を避けながら進む。
割れたガラスが靴の下で鳴りそうになるたび、体が強張る。
風は止まっていた。
音がない。
自分たちの気配だけが浮いている。
その時。
カラン、と小さな音。
どこかで石が転がった。
全員の動きが止まる。
クレージュは反射的に視線を向けた。
何もいない。
ただの瓦礫。
だが――
「……違う」
喉の奥で呟く。
遅れて気づく。
気配が、消えた。
さっきまで確かにあった“何か”が、すっと引いた。
「隠れたか」
フレイが歯を鳴らす。
アルシェリアが首を振る。
「違う」
一瞬の間。
「回り込んでる」
その言葉と同時だった。
背後。
風が動いた。
ヒュッ、と空気を裂く音。
「――来る!」
クレージュが振り返る。
反応が、わずかに遅れる。
灰色の影が、すぐ目の前まで迫っていた。
人の形に近い。
だが腕が長すぎる。
関節の位置もおかしい。
地面を蹴った跡が、石を抉っている。
速い。
見えてからじゃ間に合わない。
クレージュは無理やり身体をひねった。
ギィン!!
爪のような一撃を、剣で受ける。
衝撃が腕を突き抜ける。
「っ……!」
歯が鳴る。
押し込まれる。
足が滑る。
石畳に靴底が引っかかり、バランスが崩れかける。
その横から、フレイが踏み込んだ。
「どけ!」
剣が横薙ぎに走る。
ズガッ!!
灰色の影が弾き飛ばされる。
地面を削りながら、数メートル転がった。
だが、止まらない。
四肢を歪に動かしながら、すぐに起き上がる。
「……気持ち悪ぃな」
フレイが吐き捨てる。
息は乱れていないが、目が鋭くなる。
クレージュは腕を軽く振った。
痺れが残っている。
感覚が少し鈍い。
(まともに受けるとまずいな……)
アルシェリアが短く言う。
「一体じゃない」
その瞬間。
左右の影が、同時に揺れた。
瓦礫の影。
崩れた壁の裏。
じわり、と灰色が滲み出る。
一つ、二つ、三つ。
気づけば、囲まれている。
「……増えるなよ」
クレージュが苦く笑う。
喉が乾く。
だが、もう引けない。
リシェルが後ろで小さく息を吸う。
「クレージュ」
「分かってる」
短く返す。
剣を握り直す。
指先に、わずかに力が戻る。
ドクン。
胸の奥が鳴る。
さっきより、近い。
はっきりと。
「こいつらじゃないな」
クレージュが低く言う。
「本体がいる」
フレイが口角を上げる。
「なら、ぶっ潰すだけだ」
その言葉に、少しだけ気が楽になる。
クレージュは息を吐いた。
白くはならない。
ただ、熱だけが残る。
「……行くぞ」
次の瞬間。
灰色の影たちが、一斉に動いた。
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