6-13「観測者の記憶」
暗い空間。
上下の感覚すら曖昧な、無機質な場所。
音はない。
風もない。
ただ――
“情報”だけが流れている。
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その中心に、グラディオは立っていた。
傷はすでに消えている。
灰色の装甲も、元通りだ。
まるで、何事もなかったかのように。
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「……記録完了」
低く呟く。
その声に応じるように。
空間に、幾何学的な光が浮かび上がる。
無数の線。
重なり合う円。
複雑な構造体。
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それは――
“観測結果”。
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「三点干渉」
「成功率、暫定三十二パーセント」
「持続時間、最大三秒」
淡々と、分析が続く。
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「だが」
一瞬、間。
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「想定以上」
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その言葉と共に。
空間に、別の像が浮かび上がる。
クレージュ。
リシェル。
アルシェリア。
三人の姿。
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「媒介、適合」
「欠片、共鳴」
「光、整流」
一つ一つ、確認するように。
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「条件は揃った」
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その時。
別の“気配”が現れる。
形はない。
だが、確かに“何か”がいる。
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《……報告》
直接、脳に響くような声。
グラディオは振り向かない。
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「進行は順調だ」
短く答える。
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《鍵は確認したか》
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グラディオは一瞬だけ目を閉じる。
そして。
開く。
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「確認済み」
「王女リシェル=フォン=オベール」
「純度、極めて高い」
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《適合率》
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「九十を超える」
わずかに。
空気が揺れる。
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《……想定以上だな》
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沈黙。
だが。
それは“喜び”に近いものだった。
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グラディオは続ける。
「だが未完成」
「現段階での回収は非効率」
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《理由》
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「媒介が未熟」
クレージュの映像が強調される。
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「現状では出力が不安定」
「だが――」
一瞬だけ、口元が歪む。
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「成長する」
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《……確信か》
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「観測結果に基づく予測だ」
淡々と。
だが、迷いはない。
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《ならば育てるか》
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その一言。
空気が、わずかに変わる。
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グラディオは否定しない。
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「既にそうしている」
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王都襲撃。
夜襲。
王城侵入。
全てが――
“試験”。
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《目的の段階は》
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「第二段階へ移行可能」
グラディオの視線が上を向く。
見えない何かを見ているように。
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「“開門”の準備に入る」
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その言葉。
空間が、わずかに震える。
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《……ついにそこまで来たか》
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初めて。
その声に、わずかな感情が混じる。
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「時間はかかった」
「だが、誤差の範囲だ」
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《開門後はどうする》
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グラディオは静かに答える。
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「決まっている」
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一瞬の間。
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「“回収”だ」
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クレージュ。
リシェル。
アルシェリア。
三人の映像が重なる。
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そして。
その背後に――
“何か”が見える。
巨大な。
形を持たない存在。
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それはまるで――
“世界の外側”にあるもの。
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《観測は続ける》
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「任せる」
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《次の接触は》
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グラディオはわずかに考える。
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「……近い」
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王都の映像が浮かぶ。
修復中の街。
動き出す人々。
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その中で。
クレージュの姿が、はっきりと映る。
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「次で、完成する」
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その言葉と共に。
全ての映像が消える。
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静寂。
再び。
完全な無音。
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グラディオは一人、立っている。
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「――楽しみだ」
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その呟きだけが。
空間に、残った。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




