5-16「研究と命」
セラフィーナが消えたあと。
研究所の通路には、しばらく誰も言葉を発しなかった。
残されたのは、歪んだ魔法陣と、
あの女の言葉だけ。
――原初は、一人では完成しない。
クレージュはその言葉を反芻する。
意味はまだ分からない。
だが。
確実に何かを示している。
フランソワーズが静かに言った。
「この区画は破壊する」
迷いのない判断だった。
「ここを放置すれば、また同じことが繰り返される」
フレイも頷く。
「賛成だ」
「気に入らねえ」
アーニャが笑う。
「壊すのは得意にゃ」
エイドも言う。
「合理的だ」
「研究基盤を潰すのが最優先」
クレージュはアルシェリアを見る。
彼女はまだ動いていない。
視線は床に落ちている。
「……アルシェ」
呼ぶと、少しだけ顔を上げた。
だが、その目はどこか遠い。
「どうする」
クレージュの問いに、アルシェリアは答えなかった。
代わりに、ゆっくりと歩き出す。
通路の奥へ。
一人で。
「おい」
フレイが声をかけるが、止まらない。
フランソワーズが言う。
「追うぞ」
全員で後を追う。
通路の先。
一つの部屋に出た。
そこは、さきほどの実験室よりもさらに大きい空間だった。
中央に巨大な魔法陣。
周囲に並ぶ装置。
そして――
いくつもの台。
その上に残る、痕跡。
クレージュの足が止まる。
「ここ……」
アルシェリアが言った。
「私がいた場所」
静かな声。
だが、はっきりしていた。
フレイが周囲を見回す。
「ここで研究してたのか」
「そう」
アルシェリアは頷く。
「ここで」
「全部、やってた」
その言葉の意味を、誰もが理解した。
人体実験。
灰色術式。
すべて。
フランソワーズが低く言う。
「……許されない」
アルシェリアは何も言わない。
ゆっくりと、中央の魔法陣へ歩く。
その上に立つ。
「ここで」
「何人も壊した」
クレージュの胸が締め付けられる。
アルシェリアは続けた。
「最初は、理論だった」
「正しいと思ってた」
「原初に近づくために必要だって」
一瞬、言葉が途切れる。
「でも」
顔を上げる。
その目は、少しだけ震えていた。
「壊れるのを見た」
「人が」
「戻らなくなるのを」
静寂。
フレイも、フランソワーズも、何も言わない。
アルシェリアが続ける。
「それでも続けた」
「止まれなかった」
「あと少しで完成するって思ってた」
拳が震える。
「……最低でしょ」
クレージュは何も言えなかった。
簡単な言葉は出てこない。
アルシェリアは小さく笑った。
「セラフィーナは違う」
「最初から分かってた」
「壊れるって」
エイドが言う。
「それでも続けた」
「ええ」
アルシェリアは答える。
「彼女は止まらない」
「壊してでも進む」
クレージュは思い出す。
あの女の目。
迷いがなかった。
「……アルシェ」
クレージュが言う。
アルシェリアは振り向かない。
「どうするつもりだ」
少しの沈黙。
それから。
「壊す」
短い言葉。
だが強い。
「全部」
振り返る。
その目に、もう迷いはなかった。
「私が作ったものも」
「灰色教団も」
フランソワーズが頷く。
「それでいい」
フレイが笑う。
「やっと覚悟決まったか」
アーニャも言う。
「一緒にやるにゃ」
エイドは静かに見ている。
評価するように。
クレージュは一歩前に出た。
アルシェリアの前に立つ。
「なら」
まっすぐ言う。
「一緒にやろう」
アルシェリアが少しだけ目を見開く。
クレージュは続けた。
「一人で背負うな」
短い言葉。
だが。
十分だった。
アルシェリアはしばらく黙っていた。
それから、小さく言う。
「……うん」
その声は、少しだけ軽くなっていた。
フランソワーズが剣を構える。
「破壊する」
「全装置」
フレイが肩を鳴らす。
「派手にいくぞ」
エイドが手を上げる。
「外周を封鎖する」
アーニャが笑う。
「逃がさないにゃ」
クレージュは剣を握る。
この場所は、終わらせる。
灰色の研究も。
過去も。
すべて。
アルシェリアが隣に立つ。
二人の距離が、わずかに縮まる。
その瞬間。
空気が震えた。
魔力が、ほんのわずかに揺らぐ。
エイドが言う。
「……来る」
全員が構える。
研究所の奥。
さらに深い場所から。
強い気配が近づいてくる。
灰色教団。
そして――
次の敵。
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次回もお楽しみに。




