5-15「セラフィーナの実験室」
セラフィーナの実験室
岩壁の裏手から侵入した一行は、
灰色研究所の内部へと足を踏み入れた。
内部は薄暗い。
壁に埋め込まれた魔石が、淡く灰色の光を放っている。
通路は長く、入り組んでいた。
床には無数の魔法陣。
すべてが、正常な構造ではない。
歪んだ円。
重なり合う線。
見ているだけで、不快感を覚える。
アーニャが小さく言う。
「ここ、嫌いにゃ」
フランソワーズも同意する。
「正常な魔導構造ではない」
エイドが続ける。
「意図的に歪めている」
「灰色術式の基盤だ」
アルシェリアは無言で先を進む。
迷いがない。
この構造を知っている者の動きだった。
クレージュが隣に並ぶ。
「大丈夫か」
アルシェリアは少しだけ頷く。
「問題ない」
だが、その声はわずかに硬い。
記憶が残っている。
この場所の。
しばらく進むと、分岐に出た。
アルシェリアが立ち止まる。
「左」
即答だった。
フランソワーズが手で合図を出す。
全員、静かに動く。
足音を消し、気配を抑える。
だが。
通路の奥に近づいた瞬間。
空気が変わった。
温度が違う。
魔力の密度が違う。
そして――
「……遅かったわね」
声が響いた。
一行の動きが止まる。
通路の先。
開けた部屋。
そこに、一人の女が立っていた。
長い銀色の髪。
白衣のような衣装。
細い指。
そして、どこか楽しげな表情。
「待っていたのよ」
女は言う。
「アルシェリア」
その名前を聞いた瞬間。
アルシェリアの足が止まった。
「……セラフィーナ」
低い声。
感情を押し殺した声。
セラフィーナは微笑んだ。
「久しぶりね」
「元気そうで何より」
フレイが低く言う。
「こいつが幹部か」
エイドが静かに答える。
「第二司祭」
セラフィーナは軽く手を振った。
「そうよ」
「でも今は、ただの研究者」
そう言って、視線をクレージュに向ける。
その瞬間。
空気が変わる。
「……へえ」
興味。
純粋な好奇心。
「これが」
「原初の器?」
クレージュは剣に手をかける。
セラフィーナは一歩も動かない。
ただ見ている。
「面白いわね」
「本当に存在したのね」
アルシェリアが前に出る。
「やめろ」
セラフィーナは笑った。
「何を?」
「観察よ」
「いつもやってたでしょ」
アルシェリアの表情が歪む。
「……違う」
「もうやってない」
セラフィーナは肩をすくめる。
「そうだったかしら」
「あなたが一番熱心だったじゃない」
「原初、原初って」
その言葉に、わずかな棘が混じる。
クレージュは二人を見る。
この二人は――
ただの敵同士じゃない。
過去がある。
フランソワーズが前に出る。
「話は終わりだ」
剣を構える。
「ここは制圧する」
セラフィーナは首をかしげた。
「無理よ」
軽い声。
だが、その奥に確信がある。
「あなたたちじゃ」
フレイが笑う。
「やってみなきゃ分からねえだろ」
セラフィーナは一瞬だけ考えるように目を閉じた。
それから言う。
「そうね」
「でも今回は戦わない」
全員が一瞬、動きを止める。
「……何?」
クレージュが言う。
セラフィーナは答えた。
「まだ準備が足りないもの」
「あなたたちも」
「私たちも」
アルシェリアが言う。
「何をするつもりだ」
セラフィーナは微笑む。
「完成させるのよ」
「原初を」
その言葉に、空気が冷える。
エイドが低く言う。
「危険な思想だ」
セラフィーナは楽しそうに言う。
「危険だから面白いのよ」
それから、クレージュを見る。
「ねえ」
「少しだけ協力してくれない?」
クレージュは即答した。
「断る」
セラフィーナは笑った。
「でしょうね」
「でもいいわ」
「どうせ」
一歩、後ろへ下がる。
「あなたは来る」
クレージュが眉をひそめる。
「何を言ってる」
セラフィーナは最後に言った。
「原初は、一人では完成しない」
アルシェリアの目が見開かれる。
「……っ」
セラフィーナはその反応を見て、満足そうに笑った。
「やっぱり知ってるのね」
次の瞬間。
灰色の光が広がる。
転移術式。
フランソワーズが踏み込む。
「逃がすか!」
だが遅い。
セラフィーナの姿は消えた。
静寂。
残されたのは、歪んだ魔法陣と――
不快な余韻。
フレイが舌打ちする。
「気に入らねえ女だな」
アーニャも言う。
「怖いにゃ」
アルシェリアは動かなかった。
その場に立ち尽くしている。
クレージュが声をかける。
「大丈夫か」
アルシェリアはゆっくり答えた。
「……来る」
クレージュが聞く。
「何が」
アルシェリアは小さく言った。
「本気が」
灰色教団。
そして――
セラフィーナ。
戦いは、次の段階へ進もうとしていた。




