レット48 出立
晴天だった。
「行くのか?」
出立の前に立ち寄ったレットを、フェイレは笑顔で迎えてくれた。
戴冠式の直前で、忙しいにも関わらず。
後の世にデザナ平原の奇跡と呼ばれることになるあの日から、一ヶ月が経過していた。
「うん。出航前に、一度ニール村にも立ち寄りたいし」
数日後には、タルーナから船に乗る予定になっていた。
トーリオの手伝いで、仕入れのため各地を巡ることになっているのだ。
トーリオとのあいだに蟠りがないと言ったら嘘になるけれど、トーリオが一流の商人だというのは否定の仕様がなく、レットが早く独り立ちするためにはトーリオのもとで勉強するのが一番だと思ったからだ。
「そうか。気をつけてな。おまえならやれるさ」
「その言葉、そのまま返すよ。兄さんならやれる。応援してるよ」
「立派になったもんだ」
フェイレは目を細めて苦笑した。
「イルナ、無理をしてはいけませんよ」
「ミアもね。視力が回復する薬を見つけたら、ミアや村のみんなの分も持って帰ってくるからね」
「わたしは別にこのままでも構わないけれど……」
「世界はきっとすごく広いんだもの。どこかにいい薬があってもおかしくないでしょ? わたし、きっと見つけてみせるわ!」
ぎゅっと拳を握り締めるイルナを見て、ミアが「あまり気負い過ぎないように」と注意する。
「それにしても……ミアさんの真視はどういうことだったのかな。結局、誰も暗殺されはしなかったし。これからってなると、やっぱり兄さんの身が危険だってことに……」
「わたしにもよくはわかりませんが、聖女の能力を人間が受け継ぐことに限界がきているのは間違いないと思います。それに伴って、真視の正確さも薄れてきた、その可能性も否定はできません」
「つまり、はずれることもある、ってこと?」
「可能性の話です。これまではずれなかったからといって、これからもそうだとは限りませんから。――もちろん、はずれない可能性のほうが高いとは思いますが」
あっさりとミアは言った。
「じゃあ、わたしが視たニイエル公国の未来も?」
「ええ。ですが、未来というのはきっとそういうものなのです。それでいいのだと、わたしは思うのです」
「暗殺の件も同じだ。国王なんてものには、常にその危険がつきまとう。真視があってもなくても警戒するのは変わらない」
そう言われると、確かにそのとおりだ。
「そっか。そうだよな」
「そうだよね」
レットとイルナは揃ってうなずいた。
※※※
フェイレの部屋を辞し、王宮の回廊をイルナと並んで歩いていると、円柱の陰にふたつの人影を見つけた。
「リナ!」
「よお」
片手を上げて軽い挨拶をしながら、リナシェイクが姿を現す。その後ろにはキャノアがぴったりとくっついている。
ふたりとも、旅装だった。
「リナたちも、出立するんだな……」
「まあな。フェイレはもう大丈夫だろうし、仲間にも迷惑かけちまったから居辛くてな。ちょっと国内をぶらぶらしてからザックに戻るさ」
「フェイレになにか頼まれたのか?」
「まあな。あんな目に合わせちまったんだから、ちょっとくらい働いて返さねえと、縁切られちまいそうだ」
リナシェイクが片頬を上げてにやりと笑う。確かに、とレットは思う。
フェイレは危うく殺されるところだったんだから、各地の視察くらいで帳消しにしてくれるのなら安いものだろう。
正確には殺そうとしたのはキャノアで、リナシェイクの機転のおかげでフェイレは命拾いをしたわけだから、その辺で手を打つのがちょうどいいのかもしれない。
「わたしも一緒に行くんだぁ」
自分がフェイレを殺そうとしたことをもう忘れたのかそれとも全く気にしていないのか、がっしりとリナシェイクの腕を掴んだキャノアが嬉しそうに言う。
キャノアに関しては、もう色々な意味でレットの許容範囲を超えてしまっているので、全部リナシェイクに任せることにした。
リナシェイクはもう二度と放してもらえなさそうだけれど、本人が満更でもなさそうなので、ここは素直に祝福しておくことにする。
「幸せそうでなによりだよ」
「うん。レットもがんばってねぇー。イルナちゃん、レットはきっとおくてだから、ぐいぐい押しまくっちゃうのがいいと思うよぉ」
「ちょ、ちょっと!」
余計な助言は要らない。
慌てるレットを尻目に、リナシェイクが大笑いする。
見るとイルナまでくすくすと笑っているのだから困る。
その笑みはいったいどういう意味なのかレットとしてはとても気になるところだけれど。
それに、いざとなったらレットだってやる時はやれるのだ。
――たぶん。
リナシェイクたちとの別れは、思いの外和やかなものになった。
再会の時もまたこうして笑えたらいいな。
リナシェイクとキャノアに手を振りながら、レットは思った。




