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レット47 甦る大地

「レット、あれを」


 小声でイルナに促され、レットは一瞬「どれ?」と首を捻ったが、自分が大事なものをここまで運んできたことを思い出す。


 慌てて大公の親書を懐から取り出した。

 話す機会を逸していたので、フェイレも訝しそうな顔をしている。


「ここに、ニイエル公国の大公から預かった親書があります。大公はフェイレ陛下を支持し、最大限の援助を惜しまないことを約束して下さいました」


 レットが親書を掲げながら告げると、人々の間に再びどよめきが起こる。

 と同時に、フェイレの瞳が僅かに丸くなったのをレットは見逃さなかった。

 フェイレに歩み寄り、親書を差し出す。


 親書を受け取ったフェイレが封を切り、中身を確認する。

 フェイレは最後まで目を通し、ふっと笑った。


「確かに、預かった。まさかおまえからこんなに素晴らしい贈り物がもらえるとは思ってなかった」

「それは父さんが……。あと、イルナが最後の能力を使って……」

「イルナ嬢、感謝する」

「いえ、わたしはなにも」


 フェイレはイルナに礼を告げてから、改めてレットを見た。


「迷いはふっきれたようだな。レット、おまえならきっと立派な商人になれる。俺が保証してやる。大丈夫だ」


 そう言って、フェイレがレットの肩に手を置いた。


「兄さん……」


 優しい眼差しと勇気づけてくれる言葉、それに安心させてくれるあたたかい手。

 ここにいるのは、昔と変わらない兄だった。


 レットが捜していた兄だった。


 そして気づく。

 自分はずっと、兄に後押ししてもらいたかったのだと。


 鼻の奥が、つんと痛くなる。

 けれどこんなに大勢の前で涙を零すわけにはいかない。


 レットはぐっとこみ上げてくるものをこらえ、みっともないところを見られないようにと俯いた。


 その時だった。


 足もとの、黒い大地から緑の草がひょこりと顔を出していることに気づく。


「え……」


 ここは黒の大地。

 三百三十三年間、草木の一本たりとも育たなかった、不毛の地。

 そのはずなのに……。


 周囲を見渡した。

 よく見ると、ティルシャの座っている周囲に、ちょこちょこと草が生えていた。

 やがてそれらの草は、これまでずっと溜め込んでいた成長の力を一気に発揮するように、ぐんぐんと育ち始める。


「フェイレ……」

「ああ、これはいったい……」


 ティルシャとイルナの前に跪いていたトリヴァース兵も、エウラルト兵も、なにが起きているのかわからないまま、突然育ち始めた草の成長をただ見守ることしかできない。


「七彩獣の恵みの光です」


 ゲーケィスが呟くように言う。


「七彩獣の虹粉、それを恵みの光と呼ぶのです。聖女がまだなにもない大陸に降り立った時、植物を育てようと、恵みの光を大陸中に振り撒かせた。そうするとぐんぐんと草木が芽生え、大陸は緑豊かな大地となった……」

「聖女の伝説ですね」

「そうです。その様をこの目で見ることができるとは……」


 感動のためか、ゲーケィスの言葉はそこで途切れた。


 振り返ると、ティルシャが飛んできた方角、ラフル山の麓あたりからこちらへと、緑色の道が出来上がっていた。


 三百三十三年間、この地に植物が育たなかった理由。

 それは自由に空を飛ぶ七彩獣が姿を消してしまったからだったのだ。


 戦をする愚かな人間たちに聖女は雷を落とし、怒りの雨を降らせたかもしれない。

 けれど七彩獣の虹粉さえあれば、一度は不毛の地と成り果てた土地も、このように甦ったのだ。


 そう考えると、エウラルト王家の罪深さを考えずにはいられない。

 だが、そんな時代はもう終わった。


「イルナ、すごいよ。黒の大地に緑が甦ってゆく。みんなの希望を背負った植物たちが、ぐんぐん育ってる。ここはもう不毛の地なんかじゃない。希望の大地なんだ」


 レットの言葉に、イルナは笑顔で応えた。


 ――全てはここから、始まるんだ。  


 足元にせっかく生えた草を踏んでしまうのが怖くて動けないまま、レットはこれから訪れるであろう未来に胸を躍らせるのだった。

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