レット33 ニイエル大陸
なんとかニイエル大陸に上陸することができ、レットはうーんと力いっぱい伸びをする。
「本当に申し訳なかった」
そんなレットの隣で、トーリオがイルナに何度目になるかわからない謝罪をする。
「いえ。こちらこそすみませんでした。わたしの不注意で、またレットを危険な目に合わせてしまって……」
ふたりして謝り合っている。
結局、事故の原因は、どこかの沈没船から転がり落ちた大陸石にぶつかったことだった。
風海には沈んだ船が残した大陸石が沢山浮いているけれど、大抵の場合それらの石は風流れに乗って流されるので、動きが見極めやすく、発見もしやすい。
けれど今回は大陸石の大きさがそれほど大きくなかったことと、視界が悪かったせいで発見が遅れたのだった。
たいした大きさじゃない石でも、激突すれば船が沈むほどの惨事となる。
だが、結果としてひとりの犠牲者も出さずニイエル公国に着けたのは幸いだった。
船はこちらで調達する必要があるだろうし、それは馬鹿にならない金額になるだろうけれど、その程度の工面ができないような商売はしていないはずだった。
「いやいや。イルナさんが無事でなによりだよ。今回はレットの機転に感謝しないとね。まさかぶつかった衝撃で砕けた大陸石の欠片を見つけて、それを服の中にしまいこんで助けに行くとは」
「本当に、助かりました」
「たまたま大陸石の欠片が近くに浮いてたから助かったよ。もしあれがなかったら……」
「なかったら……?」
「今頃イルナと一緒に海の底だ」
レットは肩を竦めてみせた。
危うく七年前の二の舞になるところだったけれど、なんとかなってよかった。こんなに肝を潰したのは久しぶりのことだ。
それにしても、七年前に自分がニール村でおぼれたのにはそんな理由があったのか、とレットは思い出したばかりの記憶に納得する。
泳げないわけではないのに、何故おぼれたのか。
どうして川に入ったのかすら覚えていなかったけれど、蘇った記憶のおかげですっきりした。
それに、ただおぼれたわけじゃなくて、イルナを助けるためだったのだとわかって、昔の自分もなかなかやるな、と見直してやりたくなるのだった。
まあ、一緒におぼれていたら世話はないけれど。
「レイフェーリアのご加護だ」
トーリオが風海を振り返って呟く。
そうかもしれない、とレットは思う。エウラルト大陸ではすっかりすたれてしまった聖女信仰。
それでも、レイフェーリアの力は、やっぱり今でも大陸に住む人々を守ってくれていると、レットは思うのだった。
※※※
ニイエル公国左端の港パルドは、エウラルト王国の王弟暗殺の噂でもちきりだった。
食堂で昼食をとっているレットのすぐ隣の席の人々の話題もそのことで、レットは手を止めた。
ミアが視たという、王族の暗殺。それが現実のものとなったに違いない。
トーリオの顔には、苦渋の表情が浮かんでいる。
「わかってはいたが……やはり、真視の結果はどうあっても変わらないものなのかね。ホセ様は温厚で、優しい方だった。開戦にも反対しておられたのに、残念だよ」
そうだった、とレットは思い出す。ミアの真視の結果を王太后に伝えたのは、トーリオだったのだ。
「フェイレたちは証拠を見つけられたかな?」
「きっと見つけてるよ。全てを覆して、フェイレが王位に着くんだもの」
イルナの力強い言葉に、レットはうん、とうなずいた。
フェイレが王になれば、きっと色々なことが変わるはずだ。イルナたちの境遇も変わってくるだろうし、ニイエル、トリヴァース大陸との国交も、これまでよりもっと盛んになるだろう。
ホークは、きっとそのためにフェイレに戻ったのだ。
三年前、確かに事故はあった。
けれどその事故で行方不明になったのはホークだけ。他の乗組員はみな無事だった。その事故が不慮のものだったのか、意図されていたものだったのかはわからない。
けれどそれを機に、いや、水面下ではきっともっと昔から、フェイレは動いていた。王家の血をひく自分にできることを考え、そのために行動してきたのだ。
自分が、ぼんやりと将来に不安を抱き、迷っている間に。
フェイレには敵わない、とつくづく思う。
けれど弟だからといって(血は繋がっていなくても、レットにとってフェイレはやっぱり兄だと思う)、負けっぱなしじゃあいられない。
格好悪いところばかりをイルナに見せるわけには、いかない。
少しでもフェイレに追いつきたい。できれば並べるくらいに。そしていつか追い越すために。
そのためにも、もう一度フェイレに会う必要があった。
そうしないと、前に進めないような気がした。
「そうだね。うん。僕たちも、僕たちにできることをやらなければ」
トーリオが、パンの最後のひと欠片を口に放り込む。レットも残り僅かだった豆のスープを一気に飲み干した。
イルナは少量しか頼んでおらず、既に食べ終わっていた。その足もとで食事をしていたはずのティルシャも、既に皿は空っぽだった。
「急ごう」
皆が食べ終わったのを確認して、トーリオが席を立つ。レット、イルナ、そしてティルシャもそれに続いた。
港で借りた馬車に乗り、三人は一路、首都を目指す。




