レット23 存在の有無
建物と建物の隙間を利用して作られているらしい通路は、くねくねと曲がりくねっている上、地下に潜ったり地上に出たりしているのか階段や梯子を利用する箇所もあったし、天井がなく夜空がのぞいているところもあった。
更にはあちこちに仕掛けが施されているので、一見行き止まりに見えたり、道の途中に別の隠し通路があったりするので、レットひとりでは来た道を戻ることすらままならないだろう。
そうしてたどり着いたのは、古い教会だった。
かつては彩色されたガラスがはまっていたのだろう窓も今は適当な板で塞がれているだけ。
祭壇の向こう、大きな窓の下、正面の壁に描かれている絵はすっかり色あせてしまっているようだ。
教会内は静まり返っている。
今、ここにいるのはレットとイルナのふたりきりだった。リナシェイクとキャノアは周囲の見張りや仲間と連絡をとるために、それぞれ外へ出て行ったきり、まだ帰ってこない。イルナは長椅子に横になって休んでいる。
レットはゆっくりと祭壇に近づいた。
祭壇の上に指を滑らすと、積もっていた埃がたっぷりと取れた。
けれど祭壇そのものはちょっとした細工まで丁寧に作られていて、職人が丹精込めて作ったことがわかる。
くさっても商人の息子、ある程度は物の良し悪しを判断できる眼は持っている。
窓を塞ぐ木の隙間から差し込む月の光の下、正面の絵を仰ぎ見る。
そこには、三枚の翼をもつ七彩獣ナルヴィアと、その背に腰掛ける聖女レイフェーリアの姿が描かれていた。
ナルヴィアは空駆ける、虹色の毛並みをもつ美しき獣。両翼、そして更に大きな尾翼を持ち、それで三翼。
レイフェーリアは月から舞い降りし聖なる乙女だ。
風海に浮かぶ雲に降りようとしたが足を滑らせ、風海に落ちてしまう。
それをナルヴィアが助けるのだ。
ナルヴィアがレイフェーリアを助ける際に抜け落ちた三枚の羽根から、風海に浮かぶ三つの大陸が創られた。
レイフェーリアは今度こそ無事にそれらの大陸に降り立つと、緑を育み、水を湧き出させ、生物が住めるように整えた。
それが、現在に伝わっている聖女の物語だ。
人々はレイフェーリアとナルヴィアを祀り、平和に暮らしていた。
大陸の各地に教会が多くあったのだという。
けれど三百三十三年前の戦争で多くの教会や聖職者を失い、また最も信仰の厚かったエウラルト大陸の五分の四が不毛の地となってしまったことも影響しているのか、徐々に教会は減り、人々の信仰心も薄れてきてしまった。
ここのように、人が寄り付かなくなってしまった教会は、めずらしいものではなかった。
「きれいだね」
気がつけば、イルナがレットの隣に並んで立っていた。
「体は、大丈夫なのか?」
「大丈夫だってば。さっきだってそんなにしんどくなかったのに、レットが休めって言うから、ちょっと休憩してただけだもの」
イルナに同意するように、ティルシャがチチッと鳴く。
銀水を飲まなくなってイルナは体調を崩しているが、ティルシャは至って元気だった。
むしろ、最近体が少し大きくなってきたような気がする。
ちょこちょこ食い物を与えているから、もしかしたら食べさせすぎなのかもしれない。
「でも、無理をしたらまたいつ倒れるかわからないだろ」
ミアのところでイルナが倒れた時は本当に驚いた。
「倒れないってば。何度も言ってるけど、本当に、もう、全っ然平気なんだからねっ! ホークさま捜しは続けるんだからっ。レットだって、まだ諦めてないんでしょう?」
「それは……」
ホークが見つかったら、イルナはどうするのだろう。
最後の真視の能力を使ってしまえば、イルナは真視の乙女としての能力を失う。
そうすれば、村へ戻って銀水を飲まなくても、ミアのように暮らしてゆける。
それでも、ホークのために真視をしたら、村へ戻るのだろうか。
その時、イルナは視力を完全に失っているだろう。
レットには、わからなかった。
ただ、一ヶ月の間にホークが見つからない場合、イルナには村へ戻るという選択肢しか残らないのは間違いない。
そして、ローブの男がホークだったのだとしたら、もう捜す必要はないのだ。
「『ホーク・イリコルアはもうこの世界に存在していない。過去はこの街の奥深くに埋もれてしまった』だったよね、ミアの占い」
イルナがミアの占いの結果を口にする。
存在しない。
ミアは確かにそう言った。
ホークはやはり死んだのか、とレットは落胆した。
けれど占いがはずれる可能性だって、あるはずだ。レットはその可能性に賭けるつもりだった。
「彼女の占いを信じるなら、ホークを捜すのは無駄だってことになる」
「でも占いはあくまでも占いでしかない。真視ほど揺らぎない未来を知ることができるわけじゃないもの」
「真視は、絶対にはずれないんだっけ?」
「はずれたことは一度もないはずだよ。わたしたちが視るのは、間違いなく起こる未来。そしてその未来を変えることは誰にもできないの。できるのは、万全の準備をしてそれを待ち受けることだけ」
「そうなのか……」
力ない相槌を打ちながら、例の男のことを話すべきかどうか迷う。
あの男は、あとでリナシェイクたちと合流すると言っていた。
それなら直接確認した方が早い。
イルナに話すのは、はっきりしてからの方がいいだろう。
「レット?」
「本当に、体調は大丈夫なんだな? しんどくなったらすぐに言うこと。無理だと思ったら、その時は諦めて村へ帰ること。それが約束できるのなら、もうちょっとだけ一緒にホークを捜してみよう」
「レット、ありがとうっ!!」
どん、とイルナがレットの胸に勢いよく飛びこんでくる。
「わわっ」
慌てながらもなんとかその柔らかい体を受け止めると、染めた栗色の髪がふわりと広がった。
「ありがとう。わたし、がんばるからね! がんばってホークを見つけるんだから!」
自分の腕の中で決意を語るイルナの顔を見て、レットの胸がちくりと痛む。
やっぱり話した方がよかっただろうかと思う反面、尚更言い出し難くなってしまうのだった。




