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レット2 頓挫

 空の倉に放り込まれたレットは、やれやれと小さく嘆息した。

 倉の中は十人ほど入ればいっぱいになりそうなくらいに狭いが、真っ暗というわけではなく、打ち付けられた板の隙間から外の光が細く射しこんでいる。


 その光をぼんやりと眺めながら、これからのことを考える。

 レットはこの村に住む乙女に真視をしてもらうため、険しい山道を登り、遥々ここまで来た。


 真視とは真に起こる未来を視る能力のことであり、またその行為を指す言葉だ。

 陸の孤島とも呼ぶべきこの高地の村・ニールには、未来を視ることのできる乙女たちが住んでいる。


 両肩と後頭部を壁に預ける。

 縛られた両手はそのままなので、背中と壁で挟まないように、隙間を作っておく。両腕が使えないと、少し動くだけでもなかなか大変だ。


 これからどうしたものか。


 レットには探さねばならない人がいる。その人物の居場所を真視で見つけてもらおうと、ニール村までやってきたのだ。レットに許された時間は少なく、こんなところに閉じ込められている場合ではない。

 とはいえ、脱出するための名案が浮かぶわけでもない。


「困ったなぁ」


 深い溜め息をつき、目を閉じた。

 瞼の裏には、空から降ってきた少女の姿が鮮明に焼きついている。

 薄布とともにふわりと広がった黒髪は太陽の光を浴びてつややかに輝き、まっすぐに迫ってくるその淡い赤紫の瞳はまるでレットを吸い込んでしまうのではないかと思うほどに美しかった。

 咄嗟に受け止めた彼女の体は驚くほど軽く、まるで鳥の羽根を受け止めたようだった。

 腕に収まった彼女の瞳は焦点が合っておらず、驚きの余り目を開けたまま気絶しているのだろうかと心配したその時、例の男たちが現れたのだ。

 そして男たちはレットに槍を突きつけ、無言のままの少女を取り上げた。更に問答無用でレットが少女を拐かそうとしたものと決めつけてしまったのだ。


 とんでもない誤解だった。

 しかし冤罪であることを証明する手立ては、今のところ思い浮かばない。

 ――そう、彼女が証言してくれる以外は。


 そのとき、チチッという小さな泣き声が聞こえた。瞼を開けると、どこから入って来たのか、先ほど少女の肩に乗っていた白豆栗鼠が、胡坐をかいたレットの前に後ろ肢だけで立っていた。


「おまえ、どうして……」

「あなたのこと、助けてあげてもいいよ」


 空気を伝って澄んだ声が届き、レットは驚いて周囲を見渡した。

 倉の中に人の姿はない。

 壁から背を離して首を捻ると、壁板の隙間からすぐそこに誰かが立っているのが見えた。

 その隙間に顔を寄せて外の様子を窺う。


「君、さっきの……」


 そこにはついさっきレットが助けたばかりの少女が立っていた。


「でも、今すぐはダメ」

「どうして」

「あんな場所にいたことを知られたら、怒られちゃう」

「君が?」

「そう。わたしは村の中から出たらいけないことになってるの」

「……その決まりを、君は知ってて破ったんだよな? じゃあ、君が悪い。ここは諦めて、素直に叱られてくれよ。それで、俺を助けて……」

「いやよ」


 レットの意見は、途中であっさりと却下された。


「そんな……」

「でも、あなたはわたしを助けてくれたし、こんなことになって悪いなって思ったから、こうしてこっそり助けに来てあげたのよ。感謝してよね」

「助けに来てくれたのは嬉しいけど……」


 上から目線な少女の言葉に少々気圧されつつも、レットとしてはこっそりではなく堂々と助けてくれても一向に構わないのに、と思わなくもない。


 が、ここでこの少女の気が変わってしまったら、目的を達成するのはいよいよ難しくなってしまうだろう。  


「夜まで待って。そうしたら、誰にも見つからないようにあなたを村の外まで連れて行ってあげる」  


 そう言い置いて、少女が踵を返すのがわかった。


「えっ!? ちょ、ちょっと待って。それは困る。俺、まだ用が済んでない……」

「どうせ、無駄よ。あなたの望みは叶えられないもの」


 足を止める気配があり、少女の無情な声が届く。


「嘘だろぉ。せっかく来たのに」


 ただ脱出するだけではダメなのだ。

 なんとしても、真視で彼の居場所を教えてもらわなければならない。

 そのために、自分にかかっている疑いを晴らす必要があるのなら、この少女に協力してもらってなんとかしなければ。


「知ってる? 村の乙女が視るのは、国に関わる大事だけなの。だから、個人的なことを知りたいなんて言ったところで、誰も視てくれないよ」

「そ、そんなぁ……」


 ここに来れば、手がかりがつかめると思っていたのに。

 レットは憮然として天を仰いだ。

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