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引っ越しは面倒だ1

 目の前の彼が道を歩き角を曲がる度に腰を半分ほど持ち上げて逃げようとする野郎たちがいた。彼の舌打ちと同時に彼らは「げっ」とした表情を貼り付け、そして連れ立つ二人の人物に驚く。


「何だか目立っている気がしてならないんだが、マーチ」


「あら私も思った所よ、スヴィトラーナ」


 背の高い白銀髪の少女は相変わらず背筋をピンと伸ばしながら、マザーの後ろを歩き、少しだけ周囲を見回した。

 ちらっと前を歩くディーノが頬をぽりぽりを掻く。


「あー、遊撃兵の役割ってのは衛兵では手に負えないとか、人手が足りない時には犯人を取り押さえたり、取り調べしたりとかな訳で」


「嗚呼、だからさっきから逃げてる人がいるのね」


 納得したようになる程と呟くマザーを半眼で見て彼は溜め息を吐く。


「あと目立っているのはお二人の所為でもある」


 微笑むマザーの後ろでスヴィトラーナはうんうんと頷き、顎に手を当てる。


「それは仕方ない。マザーは驚きの美しさだからな!やはり前の様にベールか何かで顔を隠した方が良いのでは無いのだろうか?無粋な輩に襲われでもしたら」


「あんたのトコの娘さんはいつもこうなのかい」


「ごめんなさいね、こういう子なのよ」


 教会を出ると薄茶の小石が通りには敷き固められ、多くの人々が行き交い商店からは客引きの声が響く。時折、喧騒と共にガラガラと馬車が移動する。

 木造の建物は少なく、クリームの壁を持った建物が多い。商店なんかは他と区別する為に水色やオレンジなどの色を塗っているようだ。

 マザーが興味深そうに建物を見ていると前を歩くディーノが器用に歩きながらこちらを見ていた。


「何かしら?」


「いいや・・・一応は俺も事情を聞いている。別段、何も思わねぇけどあんま騒ぎは起こさんでくれよ・・・亡命者殿」


 小さな声でボソッと呟いた言葉にマザーは笑みを深くした。


「私は起こす気ないわよ。あっ、ねえ、この壁って特別な素材でも使っているの?海辺が近い街なのに腐食してないし」


「ああ、壁にはスケルトンの骨やスライムの粘液を使って…ってモンスターについてはあまり知らないもんな…教会や図書館、ハンターギルドとかでモンスターを纏めた図鑑とかあるから見ると良い」


 図書館の言葉にスヴィトラーナが眉を潜め、暗い表情になるのをマザーは仕方の無い娘だ、と困った顔で見つめた。

 ぴたりとディーノが歩くのを止めて、大きな通りの角にある建物を指差した。


「此処が案内して欲しいと言われていたユグルフト商会だ」


「まあ、立派」


 向こうの国にもあった商会はこちらの国にも支店を出している。

 只、人のやり取りは決してしていないと言うので商会で勤めている者たちは全員こちらの大陸の人だという話だ。

 一人、商会長のみがこちらの大陸へ降りる許可が出ているらしい。

 それでも事前に許可がなければ渡れない。


 遊撃兵隊長と共に入って来た見慣れぬ人物に商会の中の注目を一気に浴びてしまうが、スチュワート領から、むしろこの国の宰相からの紹介文は恐る恐る対応してくれた商店の店員の顔色を一気に真っ青にし、ディーノと共に丁寧な案内を受けて個室へと通される。

 お茶と菓子まで準備して貰い少々お待ちを、との言葉にマザーが微笑み返すと対応してくれた店員は青い顔色のまま早々と部屋から出て行ってしまった。


「あら」


「宰相からの紹介状じゃ、ああなると思うぞ」


 ソファにマザーが座るとスヴィトラーナとディーノはその後ろに立ち、ディーノだけがスヴィトラーナに疑問に満ちた顔を向ける。


「む、どうかされたか?」


「いや、えっと・・・いつもこうなのか?えっと・・・」


「マザーと呼んでね」


 ディーノに疑問に持たれているのが疑問なのだろう、スヴィトラーナは首を傾げて少しだけ背の低い彼を見返した。

 ディーノはアレクシスに隣の大陸から亡命者が来て、それが酒場兼情報屋であることは聞いている。

 それにしても、この娘は何なんだろうか。

 思わず、そんな考えに囚われる。

 長袖に丈の長いコート、それと長い編み上げのブーツ。

 コートに隠れてはいるが背丈が高いその身体の腕、胸、足。そのどれもがパッと見は分からないが逞しく、太い。

 こんなにある意味、良い体つきの女の子は見たことが無い。

 ドアのノック音が響き、返答を待って部屋に男性が入って来る。


「どうも、マダム。スチュワート様からの紹介状を確認致しました。本日はどういったご用件でしょうか?私、ベルナトッドと申します」


 店員から聞いていたのかディーノの姿も、マザーの姿にも戸惑ったり驚くことも無く商会の男はにこやかにマザーの正面へと立った。


「へえ、支店長本人が出てくるとは思わなかった」

 

ソファの後ろに立ったままのディーノが小声で言うと、対面に座る彼は顎に手をやる。


「遊撃兵隊長本人が護衛するとは思わなかったものですから、ええ」


「あら、お知り合い?」


 マザーは紅茶にミルクと砂糖を落とし、かき混ぜながら彼らを交互に見る。

 薄い翠の髪を肩まで垂らした彼の顔立ちは薄い印象ながらも整っており、司祭様と似たように笑みを浮かべてはいるが、その裏にある黒い雰囲気をマザーは感じて楽しげに、うふふと、笑い声を漏らした。


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