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王都と教会7


「どう思いまして?」


 アンジェラは他の姉妹にそう言いながら、前を歩く修道女の背中を見つめた。


「うん?何がだ?」


「あー、マーマが若干落ち込んでる事?」


 鈴玉がスヴィトラーナの腕を手で掴み、ひょいっと身を乗り出した。

 スヴィトラーナは少しだけ考えた後に目を瞑る。

 あの日、滅多に手を滑らせる事の無いマザーがコップを落として割ったのが始まりだった。口元を押さえ青褪めながらバーのカウンターへ手をついたマザーに、貧血か体調が悪いのかと近寄って驚いた。

 あの人から貰ったマザーが大事にしていた首飾りについていた赤い色の宝石が透明になっていったからだ。

 普段は緩やかな弧を描く目が、その時は見開かれ紫の瞳が呆然と空を彷徨う。

 彼のあんな姿を見たのは初めてだった。


「んーでも、マーマの為に出来る事は少ないよー?」


 眉間に皺を寄せているスヴィトラーナの腕から手を離し、鈴玉が問いかけるように二人の姉の目の前でくるりと反転する。


「そうですわね、私たちはマムの娘らしくするしか他はありませんし」


「うむ。何も変わる事はない。変える事もない。きっと酒場が出来たらマーチも元気になる」


 白銀の娘は乏しい表情のまま、きゅっと唇を強く結んび、金髪の娘を見る。ふわりと肩にかかる黄金の髪を片手で翻しながら彼女は黒髪の妹を見据えた。

 二人の姉を見て、彼女はにぃ、と歯を見せて笑う。

 そう、少なくともあの大陸よりこちらは生きやすい世界だと思えるから。


「どうかしましたか?」


 先導しているカーナが三人を振り返る。

 少し足取りが遅れていたようだ。

 足を早めて追いつくとアンジェラはカーナへ微笑みかけた。


「いいえ、何も無くてよ。此処の孤児院はどれくらいの規模ですの?」


「そうですねー、今は三十人ほどですかね・・・大体十五歳くらいになると教会に使える身にならない限りはハンター登録したりお店の手伝いとかをしに此処から出て行きますので」


 廊下の先を進むと、陽の光が降り注ぐ中に賑やかな子供の声が聞こえ、バタバタと修道女が血相を変えた顔でこちらに向かってくる。カーナの姿を捉え、その顔が安心した表情になった。


「カーナちゃん!丁度良かった!またビリーが木の上から降りれなくなっちゃって!!」


「またですか!?」


 カーナは走ろうとして、後ろにいる三人を焦ったようにチラリと見た。


「カーナちゃん、良いよー。私たちも走るよ」


 人懐っこい笑顔を見せる鈴玉の言葉に他の二人は同意するように頷いた。


「ああ!すみません!」


 先導して駈け出した修道女の後ろを追うようにカーナは謝りながら走り出した。


 それは大きな木だった。

 木の根元では色んな人種の子供たちが心配そうな表情でその木を見上げていた。その中で、泣きそうな顔をしていた女の子が駆け寄ってきた修道女の姿を見て、手をぶんぶんと振る。


「カーナお姉ちゃーん!!ビリーがぁ!!」


 カーナの後ろに付くように走っていたアンジェラはその木の上にいる枝に抱きついている男の子を見て、ハッとした。

 白い獣の耳がブルブル震え、指の先には鋭い爪が辛うじて彼の体重を支えるほどの枝に食い込んでいる。


「木登りは禁止にしていたでしょう!!!!もおお!!!!」


 カーナは声を荒げながら、突然着ていたローブを下からたくし上げるように脱ぎ、もう一人の修道女に押し付けるように預ける。茶色の地味なローブの下に着ていたのは袖無しの教会の刻印が左胸に刺繍された白いワンピース型の制服だった。

 そして、ばさりと音がした。


「おお・・・」


 小さく鈴玉が感嘆の声を上げた。

 カーナの茶褐色の髪と同じ色の腰まで程の翼が広がり羽ばたき、空を舞う。しなやかに風を捉えながらカーナはその男の元へと飛んだ。

 その男の子の両脇の下に手を潜らせ、何かを彼に怒ったように言い、その身を預かるように抱きかかえた。

 ぐんっと、その男の子の体重分の負荷が掛かり高度が落ちる。

 それを利用するようにカーナは一度だけ羽ばたき、地上に降り立った。

 獣の耳を持った男の子は半べそになりながら腰を抜かしたのか、地面へと座り込む。しゅるんと長細い尻尾が力無く項垂れている。


「あーもう!!木登りする気持ちは習性的に分かるけど自分で降りられないなら意味ないでしょう!!!!」


 男の子に怒りながらカーナは広げていた翼を折り畳むと預けていたローブを頭から被る。


「すみません、お騒がせしちゃって!」


 ビリーという男の子の腕には擦り傷があったので修道女に手当を頼み、カーナは申し訳なさそうに三人に頭を下げた。

 不思議そうな顔をしている周辺にいた子供たちは少しだけ距離を持って、彼女たちを囲んでいた。幼くて五歳、大きくて十歳くらいの子供たちは興味津々な様子でその来客を観察する。

 女の子たちは頬を染めながらアンジェラを見つめて「お話のお姫様みたい」「髪の毛キラキラしてる!」と騒ぎ、背が高く表情が無いスヴィトラーナにはやんちゃそうな男の子たちが本能的に何かを感じたのか警戒心を剥き出しにして、睨む。

 ニコニコと笑みを浮かべる鈴玉はその子供たちの様子を微笑ましげに見ながら獣人とドワーフの子供たちをそれとなく観察する。

 さっきの男の子は猫科?カーナちゃんは鳥だよねー。

 尖った黄色の毛の耳は狐?長くて垂れた耳もいるのか、犬か兎か。

 普通の子供よりも小柄ながら彫りが深く顔立ちが凛々しい子供がドワーフの子供だろうか。

 ふ、とドワーフの男の子と目が合い、にぱっと笑ってみせる。少しだけその子は驚いた顔をしたが、うずうずとしながらもてててと鈴玉に走り寄ってきた。


「なあなあ、お客人なのかい?」


「おー、そうだよ。こっちに引っ越して来たんだよー」


「遊んでくれる?」


 こてりと首を傾げる仕草に鈴玉は嬉しそうにその小さな頭をぐりぐりと撫でてからスヴィトラーナへ目配せする。その視線に気付いた彼女は片手を挙げて、了解と示し、距離を計る男子たちを顎でくいっと誘う。

 スヴィトラーナとしては何も意識はしていないが男の子たちからすれば、偉そうなデカい女の行動にカチンと来たのか彼女を睨み付けたまま、少しだけ近付いて来た。


「おー、スヴィ。鬼ごっこ?鬼ごっこ?」


 鈴玉の鬼ごっこ、との言葉に離れた場所にいた身体を動かすのが好きな子がこちらへ駆け寄って来る。スヴィトラーナはカーナの方に向き直った。


「と、言う訳だが大丈夫か?」


「え、ええ!もちろんです!」


 アンジェラはアンジェラで女の子たちに黄金の髪を触れそうになっているのをヒラリと躱して、孤児院の中へと歩き出し始める。


「あら?レディが断りも無く、人の髪に触れるのはよろしく無い事でしてよ。ほら、絵本でも読んで差し上げましょうか?それとも髪を結ってあげても良くってよ」


 立ち尽くす子供たちへ振り返ると、アンジェラはスカートの両裾を軽く摘み、大げさに膝を落とす。少しだけ間を置き、きゃあきゃあと騒ぎ始めた女の子たちに取り囲まれ移動しながらアンジェラはスヴィトラーナと鈴玉にひらひらと手を振る。

 カーナは孤児院の案内もあるのでアンジェラの方へと急いで駆け寄った。


「何かすみません・・・遊んで貰っちゃって・・・」


「よろしくてよ。あ、それとカーナさん、先程飛び上がった時なのですけれど」


「はい?」


 少し声のトーンを落とし真剣な表情になるアンジェラにカーナは何を言われるのかと思いながら顔を近づける。


「貴方・・・おパンツが丸見えでした事よ」


 言われた事を理解するのに数秒固まり、後ろの他の二人から聞こえる「白だったねー」「ああ、鈴玉。駄目だぞ、そんな人の下着の色を」との言葉に一拍置いてから赤面し、呻きながら頭を抱えた。


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