王都と教会5
スヴィトラーナが不思議そうな顔をしながら、筆を止めた。
「マーチ、その話がどう文明の違いと関係するのだ?」
「まず、根本が違うわ。こちらの大陸の人々はモンスターから身を守らなければならないし、街を守らなければならないの。開墾や新しい開発をする暇はないし、森や街から街への道ではモンスター除けがない限りは常に遭遇する事を考えなければならない。けれど、こちらの大陸は豊かな自然が残っていてモンスターを狩り、肉や革、骨などの素材を手に入れる事が出来るわ。あちらの様に戦争をし続けている訳じゃないからマシよね」
「あ、そこからはこちらの大陸の歴史となるので私が教鞭を取りましょう」
バルメットが立ち上がり、マザーから言葉通りに教鞭を受け取った。アレクシスだけが呆れた視線を送っている。
交代したマザーはスヴィトラーナの隣へと腰掛けた。彼女の書いているメモの内容を覗き見て、間違っていないか確かめる為だ。
「大陸と大陸は分断されました。元々、遊牧民や種族単位で集まっていた私たちの祖先は、大変焦りました。何故なら私たちは隣の大陸から訪れる彼らを遭遇すれば危ないが、普段はモンスターを討伐してくれる便利な存在として見ていたからです。案の定、倒されなくなったモンスターは多いに繁殖し、集落を襲うようになりました。そんな中、人々をモンスターから守る為に立ち上がった人がいます」
黒板にバルメットは『ハーレ教、信仰は太陽、月、星』と書いた。
「ハーレ教は私たちエルフが生み出したものでした。太陽の恵み、月の満ち欠け、星空の光、それらを創り出した神へ感謝する。ハーレ教のエルフたちはその長い寿命を使い、全てがバラバラだった人々をまとめ上げ、モンスターに対抗できるように人間の中から初代の王を任命し、いくつかの国を設立させたのです。なので、今現在もこちらの大陸では教会が土地や戸籍を管理しているのです」
「司祭様、ちょっと宜しくて?」
アンジェラが首を傾げながらバルメットへと手を挙げた。
「はい、何でしょうか?」
「では何故、隣のヴィントリー王国はこちらにちょっかいを?教会が管理し、モンスターへの対抗としての国ならば、他国に手を出すのは危ない手段なのではないのですか?」
「良い質問です、簡単に言うと時代ですかね。ヴィントリー王国は将軍家によるクーデターが起きて王が代わり教会もその支配下にあります。一応は力を示した将軍へと教会が王位を移した、という事になってますが」
ふるふると頭を振ってバルメットは眼鏡の位置を直した。
「欲というのは怖いものですからね、民から兵になる若い男を上げ、畑の一部をモンスター除けに使う苦草を育てる為に使う。一応は交易に重点を置いて国を栄えさせているそうですが・・・話がズレましたね。教会には大した決まりはありませんし、無理に信者を集めたりとかはありませんので、その点はご安心下さい。ええっと、マザーの様な方の存在も禁忌になったりはしませんのでご安心を」
「あら、良かったわー。聖ルビナンス教の奴らからは敵視されてたのよねー」
マザーの溜め息混じりの声に、バルメットが少し眉を顰めた。
「聖ルビナンス教・・・まだ教徒はいると言うことですか・・・」
「ええ、だからこの大陸にいる「人ならざる者たち」の事をあちらの大陸へ教えなかったのは正解ね。これはアレクシス様のお父様が?」
「はい、そうです。ようやく海を渡れるようになり、大使としてしばらく滞在して決めたみたいです。最終的にユグルフト商会専用の入港口を設置し一般の人間は入れないようにして、あちらの大陸の人間は一歩も陸へ上がらせないようにして・・・いました」
マザーはケラケラと笑いながら、謝罪の言葉を一応は口にした。
聖ルビナンス教の教徒の数は少ないながらも、やる事は酷い。
帝国では教義に反する者への断罪だと、殺された者も多くいる。
「教会の横には孤児院がありますが、大体がモンスターや病気によって親を失った子供が多いですね。月に一度、バザーをやっているので住民になるのでしたら是非とも遊びに来て下さいね。うーん、と後は何があるかな・・・ああ、その身分証があれば図書館と鍛練場が利用できます。あとハンターギルドへの依頼もそれで出来ますよ」
図書館にはアンジェラが、鍛練場にはスヴィトラーナが、ハンターギルドには鈴玉が、それぞれ期待に満ちた目をしながらお互いに頷き合っている。
マザーはコツコツと机を爪で叩きながら娘たちを呆れた顔で見た。
「小娘たち、数日は忙しくて無理よ?まず住まいを整えるのだから我慢なさいな。ハンターギルドって具体的にはどういう場所なの?名前からしてモンスターを狩る集団って感じだけど」
マザーの言葉に鈴玉だけが文句を言い、アンジェラとスヴィトラーナは落胆するように肩を落とす。
「あー、ハンターギルドの創設はそんな感じですが現在はもっと手広いですよ。モンスターの素材が欲しいだの。畑を一角兎が荒らしてるから追っ払って欲しいだの。地下に大鼠が出たから駆除して欲しいだの。高額なモンスター除けが無いから街へ渡るのに護衛して欲しいだの」
バルメットの説明にマザーは頷きながら、あら?っとアレクシスを見た。
「アレクシス様、モンスター除けって高いの?」
「はい、高いです。一晩分で金貨十枚ですね。一人のハンターを一日雇うのに銀貨五枚ですから」
「あ、こっちは金貨一枚が銀貨二十枚分で、銀貨一枚が銅貨二十枚分だっけ?」
昨日の夜に仕事に行く前に一応と何枚か貰った金貨と同時に説明されていた硬貨の事を思い出しながらマザーはモンスター除けの意外な値段にうわあ、と声を上げた。
その様子にバルメットがふふ、と笑みを零す。
「あとは種族についでですかね。じゃあ、アレクシス様、変わって下さい。君ずっと座ってばかりでズルいです」
アレクシスはバルメットに席を譲りながら、やはり教鞭を手渡され、しばらく思案した後にそっと教壇へと、それを置いた。
そんな気分ではなかった。




