王都と教会4
「はい、じゃあ授業を始めまーす」
三人の娘とアレクシスをバルメットの横の生徒用の席に順に座らせてマザーは教壇に放置されていた教鞭を持ち、ポーチから取り出して眼鏡を装着した。気分である。
大陸の位置として、楕円形の大きな丸の大陸と、その横に鉤爪の形の大陸を白いチョークで書き、黄色のチョークで楕円形の右端にカージス帝国の名と、鉤爪の爪の部分にハイデバル国の名を書く。
三人の娘たちは慣れているのかワクワクしながら机に向かっているし、バルメットも妙に嬉しそうにニコニコしながら黒板を見ている。アレクシスは何だろうこれ、と、なりながらぼんやりと楽しそうに黒板に書くマザーを眺めた。
「はい、ではまずは復習をしたいと思います。アンジェラ、帝国の歴史について簡単にご説明」
指名されたアンジェラは立ち上がり、思い出しながら話し出す。
「ええと、カージス帝国の建国についてで宜しいのかしら?今から約千二百年前に帝国の現在の王である方の祖先が、カージス帝国の前にあった聖ルビナンス国を滅ぼし自らを王と名乗った時にカージス帝国が出来ました。現在ある帝国の周辺国は帝国の属国と逃げ延びた聖ルビナンス国の民が作った国と、帝国の王政に異議を唱え出奔した民が作った国とで別れていますわ」
それはアレクシスが諜報部にて仕入れていた隣の大陸の話と殆んど同じであった。
「はい、良く出来ました。それでですねー、カージス帝国のある大陸とハイデバル国のあるこの大陸は聖ルビナンス国初期の時代には繋がっていました」
アンジェラの着席を見届けると、マザーはカージス帝国とハイデバル国の間を黒板上で繋ぎ合わせる。
「マーマ」
机に覆い被さるようにダラダラとしていた鈴玉が何かに気付いたのかびっと手を直立に挙げた。
「はい、鈴玉」
「言葉がちょっとだけ直すだけで通じるのは本来は一つの大陸だったから?でも、文明とかはかなり違うよねー。あー、あとモンスターも」
マザーは教鞭を振りながらうんうんと頷く。
目の前ではスヴィトラーナは背筋を伸ばしたまま、無表情で腕を組んでいる。
「では、まず私たちのいた大陸とこちらの大陸に関しての大きな違いは何処だと思いますか?」
アンジェラは俯き、少し悩んでから顔を上げる。
「モンスターがいるのと・・・教会が役所の代わりをしている?」
「あ、はい」
アンジェラの答えを聞いたアレクシスがバルメットを見ながら手を上げる。
「はい、アレクシス様」
「人ではない種族がいますね」
「そうですね、アンジェラが答えた事も繋がってきますけど、とりあえずは」
マザーは黒板に「人」「エルフ」「ドワーフ」「獣人」「王族」「魔人族」「神人族」と書いた。
「エルフ!」
「ドワーフ!」
鈴玉とアンジェラがそれぞれに興味を示す。
二人のテンションの上がり具合にバルメットが不思議な顔をした。
「司祭様には不思議よね、当人だし、こちらでは街中にウロウロしているんだもの。帝国というよりも隣の大陸ではエルフ、ドワーフ、獣人は童話や物語の中にしか存在しないの。あと魔人族と神人族に関しては神話にしか存在しません。それはこちらでも同じかしら?」
「俺は諜報部という仕事上、隣の大陸について知っていましたけど初めて聞いた時は驚きましたね。あと魔人族と神人族についてはこちらも神話にしか存在しません」
マザーはアレクシスの言葉を聞いてから黒板に神話と書き、コンコンとチョークで叩きながら、無表情で固まっているスヴィトラーナを見た。
「スヴィトラーナ、ほら、メモって良いから覚えなさい!昔から勉強苦手なんだから・・・」
「むう・・・」
スヴィトラーナはゴソゴソと上着のポケットから小さなメモ帳を出し、ちょこちょこと書き始めた。
苦笑混じりにマザーは言葉を続ける。
「そう、話は神話の時代に遡ります。まぁ、勿論お互いの大陸が盛った内容だとは思うんだけどね。遠い昔、魔人族と神人族は対立し、この今では海ですが繋がっている部分を隔て、こちらの大陸は魔人族、あちらの大陸には神人族と別れていました。そして神人族は繁殖能力が強く自分より弱い「人」を優先とし、何万という人間を配下に置きました。そして、魔人族を悪とし「人ならざる者たち」を敵とし追いやりました。っていうのが神話の内容よねー。そして、その神話を基盤にして出来たのが聖ルビナンス教です」
「聖ルビナンス教の基礎としての「人ならざる者」の迫害でしたの?それにしては徹底しているように思えますが?あちらの大陸では誰もが昔話としてその存在が現実にあるとは知りません事よ」
アンジェラの言葉にマザーはニコッと笑みを浮かべた後に少し悲しげな表情になった。
そして、黒板の魔人族と神人族の部分に斜線を引き、人を丸で囲む。
「魔人族や神人族なんて最初からいなかった。聖ルビナンス教が優位な立場を作ろうとでっち上げた。今では、こういう見解もあります。それで、此処からは記録に残られた本当にあった歴史です。聖ルビナンス国にある姫が生まれます。彼女は強い魔力の持ち主で、戦いを好まぬ姫でした。姫はある時、思ったのです。魔人族の支配する陸地と聖ルビナンス国を海で分けてしまえと」
マザーは黒板消しで、二つの大陸を繋げていた陸地を消し、青チョークでシャカシャカと塗りつぶす。
「そして、極め付けに自らの命をも投じて、大陸を海で分かち、聖ルビナンス国のある大陸に対して人以外を一瞬で消しさり、これから先、モンスターの発生もしないようにする魔法を用いました。そうして、あちらの大陸にはモンスターも人ならざる者もいなくなり平和な世が・・・訪れないのよね。戦争ばっかよ、此処からの歴史って」
鈴玉がアレクシスを見ながら首を傾げ、アレクシスは少しだけ困った顔をして微笑み返した。
「んー??そしたらアレクシス様とかおじ様とかロディルさんは?」
マザーは鈴玉の問いに、頷きながら笑みを濃くする。
「聖ルビナンス国が人以外の種族を迫害しているからといっても所詮は繋がった陸地ですもの。聖ルビナンス国から何らかの理由で出ていった者、移動民族や、もしくは種族を超えて愛を貫いた者もいるのよ。それと既にこちらの大陸の南側に既に『人』がいたの。可哀想なのはあちらの大陸にいた人以外の種族かしらね・・・本人か気付く間も無く死ぬ羽目になったのだから」




