008 或いはそれは森の中(5)
タイトルを大きく変更しました!
距離は近い、だからこそ、その足は鈍い。
早めれば早める程に目の前の騎士の強さが身を持って分かるからだ。ピシピシと向けられたものをリオンは正しい言葉で表現は出来なかった。だが、自由に付けるのならば剣気だろうか。
先に見せたものとは比べ物にならない格の差。
五百メートルは離れているであろう、彼の肌をズキズキと突き刺してくるのだ。下手をすれば、それは肌の奥へと入り込み、内蔵にすらも剣を立ててしまうかもしれない。
その恐れから進む速度が極端に加速した。
目で追えるのは当然、だが、不意のそれに騎士の判断が一呼吸だけ遅れてしまう。
振りに合わせた剣、弾けずに鍔迫り合いに持ち込まれてしまったのは心のどこかで侮っていたからに他ならない。
搦手があろうともズブの素人に毛が生えた程度……そんな存在へ恐怖を抱く方がおかしな話だ。
「すごいね。見た目に合わず、動きが綺麗だ」
「手を抜かれている人に言われても困るな」
ニイと笑ったリオンを見て、咄嗟に騎士は剣を引こうとする。だが、それもまた一拍だけ遅い。
半身をズラし、剣先へと流した先は地面である。
カツンと音がするのと同時に上段で構えた剣が振るわれた。兜へ傷すら付けられなかった一撃、それでもリオンが欲しかった成果は得られた。
その眼は、ただリオンを注視している。
寸分足りとも逸らさないまま、迫る剣へ左腕を当てたかと思うとスラと流された。本職の技術は確かなもの、敗北を悟り、閉じた瞳の奥には消せぬ闘志が残っている。
引こうとした……だが、その思考の隙は無い。
暗転、次いで見えたのは雲一つない青空だった。
「騎士は、剣だけに生きている訳では無い」
首元に突き付けられた剣、だが、それが彼の首へ当たる事は無い。兜の奥から見える目は確かに彼がシオンである事を見抜いているのだ。
「その人を! 離しなさい!」
「……勝敗は決したというのに」
呆れた声、同時にエルザもまた彼の横に倒れた。
自身がされた事……剣の振りに合わせて鎧でぶつかり、弾いた後に足を引っ掛けて投げ飛ばしていたのである。
「綺麗、だ」
漏れた言葉、恥じらい彼は視線を背けた。
そのまま、何事も無かったかのように立ち上がると剣を鞘に戻す。それを見てエルザも何かを察したのか、起きて軽く頭を下げた。
「なんで、頭を下げるの」
「念の為に、です」
「……そう、早とちりしたのはコチラなのに」
ボソと口にした言葉はエルザを安堵させた。
なんで、と騎士は聞いたが理由など明白だ。貴族お抱えの騎士への無礼は一市民からすれば極刑ものの重罪である。それが死神騎士、王家の血を継ぐ公爵家の騎士ならば余計に、だ。
「何故、とは聞きませんよ。ですが」
「ええ……ルール家が野蛮な家だとは思われたくはありません。今回の件は私の不手際でした」
飽くまでも、騎士の面子は保ちながらの謝罪。
頭を下げるのではなく、謝罪の言葉を口にしただけで騎士は剣を戻して視線を奥へ変えた。
「私の名前はフラン。ルール家に仕える騎士の一人です。ここに来たのは他でもありません。そこに転がる従者の回収と、シオン様の安否の確認」
遺体から騎士の視線が動く事はない。
それでも、途中で切ったような言葉にリオンは表情を乱さない事だけに専念した。フランと名乗った騎士にはバレていようとも、エルザにまで正体を晒す訳にはいかないのだ。
ドクンと跳ねた心臓を深呼吸で送り込んだ空気によって鎮めるとリオンは一言だけ口にする。
「ここら辺にはエルザしか見ていませんよ。そのシオン様、という方には出会っていませんし、遺体もそこで並んでいる物以外は見ていません」
「り、リオンは数日前から森の中で生活をしていたらしいので、信用しても良いと思います。もちろん、私も……ルール領冒険者ギルド受付嬢の一人として、リオン以外を見ていないと約束します」
「そう……まぁ、いいわ」
つまらなさそうな声を出してフランは遺体に駆け寄った。そのまま、触れたかと思うと小さく「回収」と呟く。
篭手が少し輝くと、その遺体が消える。
同じ事を繰り返して遺体を全て消したかと思うとフランは軽く会釈した。
「貴方達を重要参考人として連れて行きたいと思います。近場に私の主様、マリア様の馬車がありますので、少々お待ちください。話を通して参ります」
フランの言葉にリオンとエルザは首肯で返した。
正体は明かさなかろうとも仕える家の者、シオンである事には変わりないのだ。騎士としての役目を前にしてリオンは圧倒されていた。それと同時に薄らと背中に汗が伝う。
どうか、自身の正体がバレませんように。
燦々と照らす太陽に願うしか無かった。
次回、ヤンデレ姉、マリアの登場です!
宜しければブックマークや評価、いいねや感想などよろしくお願いします! 作品制作の意欲に繋がります!




