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009 或いはそれは森の中(6)

 半刻程度経過した頃、一台の馬車が到着する。

 公爵家の物、そう呼ぶには少しばかり古めかしいものの、馬……もとい、ラプトルらしき二体の竜はリオンの視界に入った瞬間に瞳を奪った。


 これがファンタジーの世界なのか、と。

 だが、フランのギィと重厚そうな扉を開ける音で我に返り、その視線を彼女の方向へと移す。フランの手に片手を預け、降りて来たのは確かにシオンのよく知る姉であった。


「お二人共、ご機嫌麗しゅう」


 カーテシーを行い、靡いた金髪から放たれた香りにリオンの視線は奪われた。嗅いだ事のある香り、例えるならば花の香りというよりも柔軟剤のそれに近いだろう。


 不思議でありながら、嗅ぎ慣れたそれに一瞬だけ、まるで花を前にした蝶のように釘付けとなりはしたが、エルザの咳払いによってリオンの視線が彼女に移る。


「相手は公爵家の御令嬢ですよ。注視する美しさなのは同性でも気持ちの分かる事ですが、礼儀として正しい事ではありません」

「うん、ごめんね。エルザ」


 尤もな事、だが、その目を見てリオンは察した。

 中学生の時に見た彼女の目と同じなのだ。口では世間体や常識を盾にしてはいるものの、その根底は自身への好意から来るもののそれである。


 間違い、勘違い……だとしても、似ている時点で言い訳の一つでも口にしようものなら、女性特有の早口や暴論で鎮圧されるのがオチだろう。


(わたくし)は気にしたりしませんよ。それ程に狭量な人間ではございませんので」

「森の中とはいえ、どこに人の目があるのかは分かりません。記憶を失っている者へ、常識を伝えるのは長く生きた者の務めでしょう」

「……そう、それならそれでいいわ」


 リオンへ向けられた少女、マリアの視線。

 腰程度まで伸びた美しい金髪、それと垂れた大きな目は誰が見ようと愛らしさを覚えるものだろう。

 現にその目に当てられたリオンは静かに視線を落とすしか無く、同時に映った山とも言えそうな、四歳上の姉には似合わぬ、二つの大きな双丘が視線に収まってしまった。


「リオン」

「は、はい!」


 一度も聞いた事のない程に低いエルザの声。

 短い期間とはいえ、咄嗟に向けた視線には少しばかり前屈みでアピールするかのような、意地らしい彼女の姿が映った。


 やはり、勘違いではないのか。

 そう思った瞬間にリオンの背中を一つの汗が流れる。左右に位置する二人の女性、マリアとエルザから発せられる威圧は確かにリオンを間に置いて展開されているのだ。


「とりあえず、お二人から話を聞きたいというのが主様の話でございます。仲睦まじいのは良き事と理解はしておりますが、今はそのような余裕も無いでしょう」

「フランさんの言う通りですね! どこに聞き耳を立てるものがいるかは分かりませんから!」


 そんな彼を見かねてフランが助け舟を出す。

 悪い癖、シオンが殺されたと聞いた時から勉学を放り投げてでも動こうとしていたのは、従者だからこそ、よく知っている事であった。


 同時に、最愛の弟と再会出来た事、そうでなくとも似た雰囲気を持つ少年と出会えて、彼女の足は確かに浮き足立っているのだ。


 もちろん、痴話喧嘩に巻き込まれるのが面倒だという考えもあるにはあるのだが……割合にして恐らくは八割程度がそれだろう。


「ほら、乗りましょう。貴方には聞きたいことがか多くあるの。特に」


 その視線が腰へと向かい、リオンは察する。

 フランが彼をシオンだと確信していた場合、マリアからすれば衣服も装備品すらも、持ち合わせている訳の無い物なのだ。


 では、彼女の視線が疑念の籠ったものなのか。

 それもまた違う。半信半疑……いいや、それこそ、八割はリオンを信用してはいるが、残り三割は彼の中にある、シオンでは無い何かを見ているような視線であった。


「これが、俺なので」


 リオンはそう、小さく呟いて彼女の手を取る。

 強く掴み、マリアには見えないようにと微かに笑ってみせた。幼いながらに強い彼女の手は、心のどこかで得たかった安心感を与えてくれるのだ。


「そう、リオンって面白い方なのね!」


 その想いを汲み取ってマリアは強く引いた。

 その後を、フランに促されたエルザが続いて馬車の中へと進んでいく。彼等が中へ入ったのを確認してからフランは操縦席へと腰を下ろす。


「あら……彼が気になるの」

「ブルルゥ……!」


 竜の嘶く声にフランは小さく笑った。

 その顔は兜に遮られてはいたが、竜にすらも彼女が笑った事が分かったのだ。当然だろう、竜とは馬よりも面倒な存在である。


 王国の中でも有数の騎士団である、白百合騎士団ですらも彼等に乗れる者は五十にも満たない。そんな竜が触れ合う前からリオンを、彼を乗せる事を認めているのだ。


「私も、よ。明日からが楽しみね」

「グルルゥ……!」


 優しいフランの声に竜は肯定して嘶いた。

沢山の女性から睨まれる主人公……良い感じに不幸せになって欲しいものです!(悪い笑顔)


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