007 或いはそれは森の中(4)
「貴方、何かしようとした?」
不意に騎士の剣がリオンへと迫った。
その様を視界の端に捉えたからだろう。それに対して行ったのは拳銃による銃撃、当然、容易に躱され迫られたのは圧倒的な身体能力の差である。
咄嗟に距離を取ったのは、いいや、取れたのは間違いなく殺しに来ている訳ではないからである。エルザの件から違和感はあったが、それが明確となった。だからこそ、リオン 態とらしく笑って声を上げる。
「おー! 怖いね!」
「馬鹿にしているの」
「いえいえ……ただ、国民の金を吸い取って見せるのが威圧だとは、ね」
リオンの嘲け、それに騎士は剣で返した。
忠義……そんなものではない。ただ、彼の目を見て苛立ちを覚えただけなのだろう。ぶつかり合う剣の中で見えた視線は鋭く睨んでいた。それを弾いて大きく下がって笑う。
「怖いの……二人にも満たない俺が、さ!」
「ええ、貴方は……異質よ!」
速度は上がった。だが、それでも騎士は少しも本気を出してはいない。分かるからにはリオンが取れる手は一つだけだった。
打ち合いで疲労しているエルザが入り込めるような隙を作る事、今の自身では得られない勝利の一手のためには不甲斐ない道理が只管に必要だったのだ。
その胴へ剣が迫る。早く、見抜けない剣だ。
片方を沈めるため、その意識から発した一撃なのは目に見えて分かる事だろう。現に動くのに遅れたエルザは表情を変えて剣を取ったばかりであった。
「ガラ空き……だったんだけどな」
「空間魔法……すごいね、君」
転移、それは空間魔法の最上位の技である。
本来ならば座標を指定して自身の体を移動させるものではあるが、彼は一目見た瞬間に可能性を覚えていた。
最初は得体の知れないエルザから逃げるため、だが、今はただ勝つために利用する。視界の中に映った騎士の背後へ転移したのだ。容易……それは傍から見れば、の話だろう。
「それ、使うの難しいよね」
「さぁね!」
戯けたのは図星だったからに他ならない。
騎士の早い剣に合わせて返すだけ、それだけで精一杯なのだ。本来ならば逃げるために転移を用意していた彼を狂わせたのは一つだけ───
『あっははは!』
美しい女性の笑顔が壊されて欲しくない。
身勝手、それでも日本にいた時の彼が感じられなかったものなのだ。屈託の無い、心の底から面白いと思えるからこそ、見せる笑顔は仮面ばかりの常識の中では息が止まる。
勝てない戦い、分かっていて向かうのは愚かだろうか。
男として戦う覚悟を示す事は、守りたいと思ってしまった何かのために生きるのは美しくないのだろうか。ならば、恐らくは子供を救った彼へ誰も手を差し伸べはしなかった。
「へぇ……」
「落胆、ですか?」
力、体躯……その全てにおいて劣っている。
そんな彼が行ったのは剣を受けて即座に傾け流すという一手。頭が、ではない。無意識的に体が生かすために動かしたのだ。
どちらも劣る彼が勝るのは数少ないだろう。
その中の一つが身長の差である。流された事実に視線が逸れた隙に腹へと迫ったリオンを、即座に見付けるには時間がかかった。だから、その鎧を使って受けるために突き出したのだ。
「───ッ!?」
「かってぇな!」
狙われるであろう場所、それらには力を込めて耐えられぬようにしていたのだ。だが、リオンが打ち込んだ先は頭、ダメージは無いにしても当たった衝撃で動いた視線は結果を揺るがした。
「……はぁ、これでも駄目なんてね!」
「むしろ……よくやっている方だ」
動いたエルザの剣が篭手によって弾かれる。
本気、それであっても流す事に特化した騎士の防御を越えられはしないのだ。越えられない壁が分かるからこそ、騎士は胸を左手を当てて声を高らかに上げた。
「死神騎士が剣を抜いているのだからな」
死神騎士、その言葉を聞いてエルザは怯んだ。
表情が一気に暗くなり、その口元も逆三日月となってしまった。その名はルール領で暮らすならば誰でも聞くからである。
死神騎士、王国三代騎士団が一つの白百合騎士団団長すらも捩じ伏せたと呼ばれる、戦場に息をする不屈不撓の騎士なのだ。その力は彼女のようなAランク程度で収まるものではない。
「死神がその程度とは……随分と神様はお優しいみたいだ。さぞや、その後頭部は掴まれに掴まれまくった挙句に禿げ散らかしているんだろうな」
「……何が言いたい」
一呼吸、その刹那に騎士はリオンの首へと刃を突き付けていた。苛立ち、騎士としての役目を無視した行動ではある。が、それを煽ったのは他でもない彼自身なのだ。
蜘蛛の巣にかかった蝶を眺めるが如く、彼は優しく笑って兜から覗く美しい青い目に視線を向ける。
「必要で殺した数の量で死神等と大層な名前を手に出来るなら、この世界は神で溢れ返っているというだけだ」
その言葉に騎士は何も返せなかった。
同時にリオンが薄ら笑いを見せて口を開く。
「それに誇りに思っているのなら、名前は先にあげるべきだぞ」
「……そう、貴方は本当に……異質よ!」
高い声、そう、彼女は隠すのをやめたのだ。
女性であり騎士、戦闘を男の仕事とする世界においては異質な存在なのだ。異質が異質を語る、それが彼には面白くて仕方がない。
「このまま、殺したら遊べないぞ」
煽りの言葉、同時に騎士はリオンを軽く突き飛ばしてエルザへと引き渡す。即座にエルザは彼に言葉をかけるが視線は騎士を向いたままだった。
「……いいわ。でも、楽しませてね」
耳元で囁かれた言葉、その想いを、本来の自身の家の騎士を測るために、主としての資格を示さなければいけないのだ。だからこそ、エルザの腕を振り払ってリオンは騎士へと向かっていった。
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