006 或いはそれは森の中(3)
「ここは……?」
「知らないわ。ただ、人の死骸があっただけ」
半日、歩いたリオンは一つの場所へ連れられる。
多くの死体が転がる場所……そう、彼の前世が命を落とした地獄の中だ。釜は煮えたぎり、多くの魂を喰らいたがっているかのように死肉の臭いを漂わせている。
だが、その環境に惑わされはしなかった。
リオンは確かに、淀むエルザの視線に対して意識を向けており、時折と向ける彼女の目へ返す言葉を考えていた。故に咄嗟に返した言葉は最悪なものである。
「嘘、ですね」
「……何故、とは聞かないわ」
本当ならば口にする必要も無かった本音である。
とはいえ、表にしてしまった時点でコイントスの成果などは出ているようなもの。嘘を嘘と見抜くリオンの姿も、それを否定しないエルザの姿も変わらずに表裏なのだ。
「分かりやすい反応は勘繰ってくれと思われてしまいますよ。そこまで俺の表情を見るなんて、知っていて聞いているようなものですから」
「ふぅん……顔色すら変えないのね」
変わらない、それは当然の事である。
エルザと向かう最中にリオンが行っていた事は至ってシンプルであった。彼女の口にした鑑定眼と共に必要そうなスキルの抜粋、それらは花摘みという短時間の中で得た力でもあるのだ。
現に、ポーカーフェイスはスキルの物である。
同時に向けられた視線の鋭さがより過敏に感じられるのもまた、新しく手に入れたスキルの効果であろう。
「変えていますよ。心底は出さないようにしているだけです。もしも、目の前の悪寒に負ける事となれば確実に」
「そう、アンデッドの餌食となる」
話を逸らされた、それは優しさからである。
嘘はついていない、その事実はどちらも同じなのだ。回収も弔われてすらいない遺体達は少しすれば魔物と化す事は目に見えている。
とはいえ、エルザの気にした事、そしてリオンが知りたかった事は乖離していた。話せない、どちらもその前提があるからこそ、折れたエルザが口を開く。
「これはルール家の三男、シオン・ルールの護衛達の遺体とされているわ。期日にして四日前、その時にギルドへ調査依頼が入ったの」
「これに、俺が関わっているのですか」
「知らないわ。でも、可能性があるのなら連れて来るべきでしょう。だって───」
一拍、それがリオンにはとても長く感じた。
様子を探る視線、何かを気にしている体は彼の心を確実に抉る。ギリギリと心臓に取り付けられた錠が締まる様は言葉にすら出来ないだろう。
「当のシオン・ルールは行方不明だもの」
最中、飛び出した言葉は明確な詮索行為。
下手に返せば事実が漏れ、方や嘘をつく等という一手は愚行でしかない。それが分かるからこそ、フル回転させた頭から導き出した答えは一つだった。
「それなら、一つだけ聞いても良いですか」
「何かしら」
「犯人は犯行現場へ戻ってくると聞きます。エルザさんが犯人ではないと言える理由がどこにあるのですか」
リオンの言葉にエルザは目元を鋭くさせた。
彼の本音、それは都合良く来た女性の真意を探りたいというものであったのだ。確かに彼もまたエルザに疑われる存在かもしれない。では、対する彼女が今回の件に関わっていないと言える理由もそこには無いのだ。
「ぷっ……あははは!」
「……へ?」
そんな真面目なリオンを見て、エルザはただ腹を抱えて笑ってみせた。心の底からの笑い、当然の事だろう。彼女もまた知らない得物を腰に差す彼へ不安を抱いていたのだ。
だが、それが互いに感じていたものだと知り、初めて彼女も内心を表に出す事が出来た。同時にヒタリと右頬に手を当てたのは自身の声に驚いたからに他ならない。
だからこそ、彼女もまた素で返す。
「いやー……ごめんごめん。一応、これが依頼内容なの。犯人、もしくは行方不明者の確保をお願いするってさ。でも、言葉通りに今の今まで君は嘘をついてはいなかった」
その豹変ぶりにリオンは少しだけ後退したが、それを見て尚更、彼女は笑みを深めた。
「紹介が遅れたね。私の名前はエルザ、Aランク冒険者兼ギルドの受付をしているの。能面のエルザなんて……記憶の無い君は知らないよね」
素直に首を縦に振る姿を見て、エルザはフッと笑みを見せてリオンの頭を軽く撫でる。それはとても優しく、戦士と呼ぶには幼い手であった。
「少しだけ、疑っていたんだ。闇ギルドの人間が起こした事なら……私の知りたい事を知れるんじゃないかってね。でも、リオンは無実だったよ。ただ名前が似ていただけだった」
「確かに……シオンとリオンは似ていますよね」
「うん、だから、気にしなくていいよ。ここも知っている事を上に報告するから。それよりも早くルール領へ───」
彼女の言葉の節、言い切る前に動いていたのはリオンだった。買ったばかりの鉄の剣、背丈よりも大きく重いそれは振るうには困難なものだろう。とはいえ、今のように攻撃を受ける分にはメリット以外の何者にもならない。
「受け止められるんだ」
「少しだけ、殺気がしたので」
眼前に迫っていたのはフルプレートの騎士であった。相当の重量を誇るであろう防具、だが、それを物ともせずに騎士は確かに迫っていたのだ。リオンが察知出来たのは……ただ、マップで分かっていたからでしかない。
ただ、それは運が良かっただけだろう。
新しく抜かれた剣によって払われたリオンの得物は、彼の体は確かにがら空きとなってしまったのだ。そこへ迫る刃は……即座に新たな一撃によって弾かれる。
「させないわ!」
「そう、それなら勝手にしなさい」
二本の剣同士がぶつかり合う、その速度にリオンが入り込む術は少しも無い。左右の得物が当たったかと思えば、反対側が迫り、その四肢を狙うべく蹴り等が向かうのだ。
だから、リオンは笑ってステータスを開いた。
次回は明日の9時の予定です。
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