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002 或いはそれは冒険の中(2)

「ここは……?」


 ダンジョンの少し先、一軒家程の納屋があった。

 外観だけではボロボロの休憩場、疑問の声をあげるシオンを尻目にフランが扉を開く。その先に広がるのは厩舎のような薄い壁一枚で隔たられる、藁が敷き詰められた個室達であった。


「竜を止める場所、であっているかな」

「はい。訓練として使う手前、竜用には作られていませんが……少しの時間であれば彼女達も我慢してくれるでしょう」


 その声にフランが引く竜が嘶いてみせる。

 表情を見たところで変わった様子は無かった。犬のようにシッポを振る訳でもなく、かといって、猫のように喉をゴロゴロと鳴らす事も無い。喜んでいるのか、悲しんでいるのか……シオンは顎に手を当てて悩んだ。


「グルゥ……」

「どうした。寂しいのか」


 それを見て、彼を乗せていた竜は頬を腹に擦り寄せて微かに鳴いた。彼の言葉に対しても似たように鳴き続ける様は、確かに彼の中の庇護欲を掻き立てていく。


「あのさ、フラン」

「駄目です」

「まだ言ってないけど!?」


 向けた幼子の視線、フランはニコニコと満面の笑みを浮かべながら否定した。彼女の乗っていた竜は既に口元をクツワで固定されており、彼の言おうとしていた事を行動でも否定する。


「過去に脱走して周囲の生態系を崩した事例がございます。この子達は命令に従順ではありますが、何も起こらないと高を括るのは褒められた事ではありませんよ」

「……分かったよ」

「それにシオン様との逢い引きを邪魔されたくはありませんから」


 シオンはゴホゴホと咳をした。

 フランの言葉、飲み込もうとした唾が変なところへと入ったのは向けられた視線が少しばかり、情欲に満ちていたからなのかもしれない。だが、その慌てる様子を見てフランは人差し指を自身の口へと当てた。


「冗談ですよ。半分は、ですが」

「そう、だよね。逢い引きなんてしていないし」

「竜だけでは生態系は崩せませんからね」

「いや! そっちかよ!」


 咄嗟に出たツッコミにシオンは照れながら頭を強く掻く。見せられなくなった顔を隠すように竜を隣の個室へ入れると、ぎこちない手付きのままにクツワを付けてみせた。


「本当に賢い子だな」

「グルゥ……」


 慣れない仕事、上手く行ったのは竜が自ずと口で付けられるようにと動いたからに他ならない。少しばかり汗で固まっている頭部の羽を軽く触り、その首元を軽く撫でてみせた。


 表情は変わらない、が、その目元は確かに緩く閉じかけている。存外と分かりやすい反応にシオンの口元が少し緩んだのは彼も気が付いてはいないのだろう。


「行ってくる。ちょっとだけ待っていてくれ」

「グルゥア」


 眠そうな声、シオンは微かに笑って納屋から出た。その半歩後ろをフランが着き、先程見た洞窟の前へと足を進める。


 奥行に関しては納屋まで進んだからこそ、分かってはいたが百メートルも無い程である。高さは五メートル程度、ずんぐりとした大穴は口を開く化け物のように大きい。


「何となく、嫌な気配がするね」

「それは恐らく魔素のせいでしょう」


 フランの言葉にシオンは首を縦に振った。

 魔素、その言葉には聞き覚えがある。魔物の根源たる要素であり、一種の原子のようなものだとシオンは記憶していた。教えられた中身ではイメージが難しく理解すら出来はしていなかったが、肌身を通して感じる事で何となくと彼は察する。


 人が扱う魔力、フランであれば竜を引く時に行使したそれと類似したものである。違いがあるとすれば人の身を媒介として生成される分子が魔力であり、素となるものが魔素という事だろうか。


 とはいえ、目の前から漏れ出す魔素のように高密度のものとなれば毒にしかなりえはしない。魔物は森の中でも発生はするが、その要素となる魔素は言われなければ気が付かない程の低密度の魔素である。


 感覚的な要素にシオンはフンフンと首を縦に振って腰に差す剣に手をかけた。


「少しだけ、動きにくいな」

「ええ……ですが、今回は私が戦いますので心配せずとも問題ありませんよ」


 フランの言葉にシオンは苦笑いを返した。

 今回の目的は飽くまでもレベル上げ、戦闘がメインではないからこそ、多くの高額な魔道具を貸与されたのである。


 最初に羽織る黒衣、それには認識阻害や気配遮断、ステータス増加が付与されており、傍から見たところで彼をシオンであると気が付く事すら困難であった。


 次いで、互いの右手人差し指に付けられた指輪はペアルック、もとい、二人の痛さを象徴するものでは決してない。


 経験値分配と経験値上昇のスキルが付与されたものであり、倒した魔物から得られる経験値の割合を事前に定めておく事で対となる者同士で分け合えるものである。とはいえ……。




「なんか、嬉しそうだね」

「いつも通りです」


 その借り物の指輪を見て、嬉しそうに微笑む女性がいるのも事実である。小さな溜め息が響いた後にシオンは先にダンジョンの中へと足を進めた。

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