001 或いはそれは冒険の中(1)
「はぁ……なんで、こんな面倒な事に……」
「ルール家の子息を一人だけ、外に出すなんて許される訳がありませんよ」
そう口にするシオンは晴天の最中、一匹の竜に乗って道中を走っていた。その速度は高速を走る乗用車程、百キロは優に超える速度に苦戦していたところである。
その横を悠々と竜を走らせるのは腰に一つ剣を差しただけの女性、フラン。普段の重装備とは打って変わって、一つの首飾りに村娘のような衣服はそこらで歩いていたとしても気が付かない程だろう。
いいや、それもまた、間違った解釈である。
そう口にするには彼女の顔は整いすぎており、風に靡く髪や香りに漂う虫もまた少なくは無い程である。
とはいえ、その香りは他者に届く事は無い。
竜の持つ加護、【風龍の加護】は当人達が認めた相手のみに発動するものという条件があるものの、乗せる者にかかる風圧等の全てを最小限に軽減させるものであった。
詳細を残すのならば、シオンが着ている漆黒の黒衣の端が少しだけ風に揺れる程度。それではルール家から与えられた一級品の魔道具の効果を、少したりとも損なわせる事すら出来ないだろう。
「そもそも、別に一人でだって……」
「それで居なくなられては困りますから。マリア様からも一人で何処かに行かないか、監視のためにも送られているのですよ」
フランの言葉にシオンは口を尖らせ、視線を前へと戻した。不服そうな顔、フランには横顔しか見えなかったものの酷い顔をしている事などは想像に易い。
とはいえ、それもまた仕方の無い事である。
昨日の家族との再会の後、連れて行かれたシオンはシンと契約を行っていた。場に残っていたのは当人同士であるシオンとシン、話を聞くという名目でマリアとフランが残されている。
これによって与えられた権利は【マリアとの婚約】と【リオンとして生きる権利】の二つであった。シオンとしては不安定な中で出した条件ではあったものの、シンはそれを聞いた上で了承している。
だが、代わりに【戦闘能力の向上】と【ルール家として生きる事】の二つを課せられていた。それは即ちシオンとして生きない選択肢は取らせないという意味でもある。
幾つかの口論があったものの、事実としてそれらを飲んだのは紛れもなく彼の意思であった。もしも、ルール家を敵に回したとしたら……そのような恐怖が湧いてきた等とは口が裂けても言えないだろう。
だからこそ、同伴を任されたフランはシオンの不満全開な様子を横目に微笑んでいた。勉学を放棄しようとしていたマリアを置いて、着いていく事となった事へのマウントも多少なりともあるのかもしれない。
胸を張る様子にシオンは一つ溜め息を吐いて竜の首を撫でる。
「お前も災難だなぁ。勝手に連れられるなんてさ」
「ブルゥ……!」
その一言を否定するかのように竜は嘶き、その速度を上げる。もしも、彼の言う通りならば最初から背に乗せる事なんてしない。
竜、ラプトルに近い姿は名前負けすると感じる者がいてもおかしくは無いだろう。現にシオンは彼等を見て同じ感性を発揮したのだ。唯一、それに合わなかったのは目の前の竜、マリアの馬車を引いていた竜の一匹である。
だだっ広い、数百は飼育されている竜舎の中で凛とした顔を見せた姿に、即座に視線を奪われてしまったのは少し前の事───分かっているからこそ、意地悪く冗談交じりに口にしていた。
「その竜は自分の意思で来たそうですよ!」
「知っているさ。発破をかけないとやる気にならなそうな面をしていたからな」
鞭打たれた竜よりも速く走るのは負けぬためであろうか。そんな意地らしい姿に、彼は口にしないだけで惹かれていた。いいや、その目を見て他への興味を失ったという方が正しいだろうか。
「やっぱり、自由な方が楽しいな」
「グルルゥ……!」
首を撫でられた竜は心地良さそうに鳴いて、目的地まで速度を上げ続けた。五分程度、走ったところで一つの柵が視界に入る。その横には二人の兵士がおり、なるほど、その視線は少しばかりシオンとフランを睨んでいた。
「止まれ」
強めの口調、男の声にフランの眉が一瞬だけ動いた。だが、さすがにシオンの視界の手前、小さく息を吐いて一つのカードを取り出して見せる。
「ルール家の騎士、フランと言います。こちらはシン様の子息、三男のシオン様です。今回はシオン様の戦闘訓練のために、と参りました」
「……失礼致しました。どうぞ、中に」
慌てる様子は無いものの、その視線は確かに侮りを宿している。シオンに対しても、共に同伴していたフランにすらも、変えず同じものを向けていた。
「はぁ、気分が悪いものだね」
「仕方ありませんよ。脳の無い人間に与えられる仕事などは誰でも出来るようなものしかありませんから」
その言葉にシオンは「違いない」と笑い、竜を走らせ直した。そこから二分程度かかり、ようやく視界内に一つの大きな洞窟が映る。
「ここが……父様の言っていたダンジョンかな」
「ええ、ルール家が所有する、騎士や兵士用に調整された場所です。他の場所とは違って関係者しか居ませんので好きに戦えますよ」
フランの言葉にシオンは乾いた笑いを返した。確かに契約として、また当人としても強くなる事に対してマイナスな感情は抱いてはいない。とはいえ、一度しか命の取り合いをしていない彼からすれば、少しの不安もない等という冗談は言えるものでは無かった。
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