020 或いはそれは策略の中(6)
「俺は家族を害する人間は大嫌いだ」
それは妬み辛み、与えるばかりであった彼には記憶があっても分からない事実である。同時に思い当たる節がある事でもあった。もしも、顔も忘れた本当の家族も同様の事を考えていたとなれば、否定は出来ないのだ。
「殺したいと思う程に死ねばいいと恨んでしまう。分かってはいるけどな。こんな考えは貴族らしくは」
「普通の事では?」
漏れた言葉に咄嗟にシオンは口を手で覆う。
思っただけ、だが、その感情すらも否定されなければいけない貴族の世界が、今の彼にはとてつもない程に気持ちの悪いものに感じられた。
表へ出た言葉を戻す事は出来ない。とはいえ、それを戻したいと思う程の性格の悪さは持ち合わせてはいなかった。
「待て待て待て待て! 普通なのか!?」
「えっと……家族は大切ですよね。俺だって家族は大好きですし、守りたいと思いますし……マリア姉が中でも特別なだけですよ」
リールの表情が一変し、困惑へと繋がる。
確かに、彼の感性からすれば家族を大切にしない者はおかしな話だろう。だが、シオンのいた世界では話が大きく変わるのだ。
シンは言った、マリアは一人娘である、と。
それはつまり、一つの政略に娘を使うような世界という事でもある。男は外で働き、女は内で働くような数世紀前の考えが蔓延るようか空間……その中で上に立つ国や王よりも家族を大事にする等とは口にしてはいけないのである。
だが、彼は、シオンは気にもせずに思った事を口にしてしまった。シンですらも戒め、その先を閉ざしてきた禁忌の扉を容易に開閉し、当たり前だと一蹴してしまうのだ。
「いい、のか……俺はシオンを殺そうと……」
「俺も大切な人達が敵意を向けられたなら誰が相手でも殺しますよ。それはもう、貴方が考える程で済まない程度には残忍に」
その表情は酷く歪んでおり、そしてリールも気が付く。目の前の男子はシオン本人であり、加えて続けるのならば世界最強の血を一番に色濃く継いだ化け物である、と。
「本音を言えと言いましたね。なら、教えますよ。俺は、俺の大切な者以外は全員、塵芥としか考えていませんから」
「その割には旅路で村人達を注意深く見ていたみたいだけど」
マリアの言葉にシオンはムッと口元を動かしてニコリと微笑みを見せる。笑い慣れていないためか、ぎこちなさが残るものではあったが向けられたマリアは満面の笑みで口を閉ざすだけであった。
「世俗を知る良い機会でしょうからね」
「愛らしい子供だな、と呟いていたのもそれが理由でしょうか」
「フラン!?」
言い訳に対して返したのは、リールに刃を向けた騎士の一人、フランである。ワナワナと震えながらプクゥと河豚のように膨らむ頬に、リールから毒気が抜かれていく。同時に覚えたのは───愚かな程に大きな後悔と懺悔の念であった。
「父様、幾らでも罰を受けましょう。俺の目が誤っていました。コイツは紛れもないシオンです」
「んー……だってさ、シオン。僕は許してもいいけど、それをしてしまっては皆を集めた理由にはならないからさ。君が罰を考えてくれないかな」
シンの言葉に困惑したようにシオンは目をキョトンとさせる。だが、その視線は即座にフランへと向いており、興味関心は無いようであった。だからこそ、漏れた言葉は酷く凄惨なものである。
「え、罰は……デコピンとかでいいですか」
亡き父にされた罰、それが過ぎっただけである。
だが、その言葉を聞いたマリアとルフレは頭を押さえ、リールは冷や汗を強く流す。世界最強の一撃を受けるという意味を理解しているからか、逃げようと背を向けた瞬間……肩に手が乗る。
「よし来た! 僕の愛情を叩き込んであげよう!」
「おい! シオン! それは馬鹿にならねぇって!」
「問答無用、だ!」
「あひん───!」
綺麗な三回転、縦に回った彼は背中から地面に落ちて大の字で倒れ込む。ピクピクと震えながらも額から白い煙が立つ姿は、その一撃を物語る程である。
「南無、だね。兄様」
「南無、ですわね、兄様」
「似てないだけで二人とも姉弟なんだね」
シオンの言葉にマリアとルフレは見合わせて、フッと笑みを零した。それを見ていたシンはコホンと咳払いをする。
「シオンは、皆が好きかい」
「ええ、とても」
「なら、僕の事はどうかな」
ニャァと腑抜けた笑みを浮かべる父の姿に、掠れた過去が重なった。それが大層と面倒臭く、気持ちが悪かったのか、否定するように返す。
「嫌い、って事で」
「大好きなんだね、ありがと」
反抗期を迎えたシオンの様にシンは心の底から安堵した笑みを見せた。魔力で隠した仮面の中、それを見ていた者達は同様に微笑んで微かな拍手を奏で続けた。
◇◇◇
「だぁー……疲れたぁ……」
「お疲れ様かしら」
腕をグーと伸ばし、柔らかなマリアの膝の中へと頭を収める。まるで彼専用と言わんばかりにジャストフィットする枕は、先程まで世界最強などと持ち上げられ続けていた男を癒すには十分なものであった。
「めっちゃくちゃ、柔らかいなぁ……」
「ふふん、シオン専用かしら」
プルンと震えた胸、一瞬だけ見えた天井にシオンは内心、半分だけ見える空こそが本当の景色だと錯覚してしまう。
「随分とダラケているようで」
「ああ、すまない。フラン」
「いえ、少しばかり品格を疑っただけです」
辛辣な言葉にシオンは乾いた笑いしか残せなかった。とはいえ、そう返すフランもまた鎧を脱いでおり、シオンの横で体を倒している。その情けない姿は暗殺者の首を転がしたものとは到底、考えられずに感情を宿した視線を向けた。
「私はやる時はやる。やらない時はやらない女なので気にしないでください。いつも気を張っていたところで疲れるだけでしょう」
「はは……ああ、じゃなきゃ、君を選んではいなかったよ」
「お褒めに預かり光ふぇーい! はぁーあ!」
横に寝転びながら大欠伸をみせる女性の姿にシオンは微笑んでから、その瞳をうつらうつらと沈めていく。心地の良い感情だけが彼を包んだ。
次回より2章、本編の開始です!
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