019 或いはそれは策略の中(5)
「ねぇ、シオン。父様の首を取るのは良い策だとは思うけどね。君の力では首を取るなんて」
「分かっていて聞くなんて気持ちが悪いよ───ルフレ兄」
酷く冷気の籠ったシオンの眼、向けられたルフレは微笑んでから口元を隠す。笑ってしまった事実を、少しばかり恥じらうかのように口を開いた。
「うん、これは魔剣だからね。その短剣だって、防御力程度なら無視してもおかしくは無さそうだよ」
その言葉を聞いてシオンの目付きが変わった。
笑みを浮かべながら口にされた言葉、その全てが当たっていたのである。貫通を付与した魔剣は確かに刺せばシンへ傷を付ける事も可能であった。だからこそ、その効果がバレては無意味なのだ。
「これでは……いいえ、最初から分かっていたみたいですね」
「んー、分かってはいないかな。だけど、こうして殺そうとされれば反応はしてしまうよ。例え、どれだけ愛している息子であろうと、ね」
転移、それはフランにすらも手を遅らせる程の奥義でもある技である。空間魔法と呼ばれるものの稀有さは知識を受け継いだ彼もまた、重々と承知した上で発動した。いいや、使わなければ意表の意の字も作れはしなかったという方が正しいだろうか。
「でも、実演練習としては最高でしょう」
「世界最強の首元に刃を突きつけるのが実の息子だなんて……うう、お母さんに顔向け出来ないよ」
ホロと零れた言葉にシオンは首を傾げる。
彼の口にした母親、だが、その場に母親と呼べる存在が居なければ、その顔すらも脳内に残ってはいないのだ。
「お母さん……?」
「……いや、なんだ。その……忘れてくれ」
バツの悪そうな顔、先程の飄々とした様子からして返せる程の度胸はそこには無かった。むしろ、悪い笑みを少しばかり見せ、その得物を倉庫の中へと戻す。
「話せる時になったら教えてくださいよ。それまでは俺だって隠したい事は隠しますからね」
「……本当に、僕には勿体ない子供だよ」
素直な言葉……ただ敵意を向けた罪から逃げるための返答だったために、苦笑い以外を返せはしなかった。
そのシオンの反応とは別に、シンは心底と嬉しそうに腕を組んでリールを睨み付ける。放たれた威圧は向けられていないシオンすらも恐怖を覚えるもので、静かに自席へ転移し座る。
「さて、リール。今から話す事は君が手を引かなかった時の話だ。故に、貴族の教えとして心して聞け」
シンは笑った。だが、眼はシオンに似て冷たい。
震え上がるような剣気、口を開くが漏れる声は微かな息のみである。それを見てシンは少しだけ威圧を弱めると口を開く。
「まず持って、マリアはシオンを愛している。それはもう僕ですら手に負えない程に、だ」
「……ああ、知っているが……?」
「つまり、マリア・ルールという存在をシオンは手札として持っているという事だ。マリアは優秀な上にルール家唯一の一人娘でもある」
その言葉を聞いても尚、リールは首を傾げるばかりでいた。それを見兼ねて横にいたルフレは溜め息を一つ吐いてから視線を向ける。
「分かっていないみたいだねー、兄様。あのね、マリアは外交的にも必要な手札って意味だよ」
「え!? そうなのか! じゃじゃ馬を欲しがる男なんて物好きくらいしか!」
リールの心無い事実……確かに舞踏会に参加すれば多くの男が見蕩れる程の美貌である。その胸の大きさも然る事乍ら、優しき性格もまた多くの人を引き寄せて来た。
そのようなマリアであっても未だに婚約者という者は存在しない。いいや、見合いの話ならば多く来ていたのだ。子爵家から始まり、果ては王族からも……それを拒んでいたのは他でもない、マリア自身である。
だが、その当人の表情は暗かった。自慢と自尊で固められた嘘の空間、最愛の人から見てもらうためだけの飾りは、本性を知った瞬間に霧散し消えてしまうのだ。
「俺はマリアが欲しいけどな」
「シオン……!」
抱き着き、プルンと弾けた胸はシオンの視線を集めた。ギュウと抱き締めながら喜ぶ姿を見て、リールは吹き出してシオンを指さした。
「……ぶっ! なんだよ! そういう理由なのかよ!」
「本当に礼儀のなっていない人ですね」
シオンの言葉にリールは一瞬だけ、眉をひそめてから笑みを見せ直す。面白いから、ではなく、確信めいた何かがあるからこそのものである。
「悪ぃ、お前はやっぱりシオンだわ。女好きとか言われている癖して人を信用しない当たり、本当に変わっていねぇよ」
「それ……結構な悪口ですよ」
「ああ、悪口だからな!」
ガッハッハッと大声をあげて笑うリールの姿にシオンは苦笑いしてしまう。その性格はどこかで見たものであり、どこか懐かしさすら感じられるものであったのだ。
漏れ出した笑み、無意識なそれを見たリールはフッと笑って俯く。その目には濁りがあり、同時に漏れ出した水滴はシオンを拍子抜けさせるには十分だった。
「よかった……本当によかった」
「なぜ、泣くのですか」
「……ルール家を守りたいからな」
訝しむ視線、その場にいた多くの者は同情してしまう。リールを知らなければ同じように勘繰ってしまうのも当然なのだ。何故ならば、と察したルフレが口を開く。
「リール兄様はねぇ、長男らしく居なければいけないって考えてしまう馬鹿なんだよ。よく言えば愚直だし、悪く言えば愚直だからね」
「それって本当の悪口じゃねぇか!」
「うん! 悪口だからね!」
サムズアップして笑うルフレの首に腕を回して頭を軽く中指の節で突いた。グリグリと嫌な音を立てながらも、大して痛そうにもしていないルフレを見て、如何せん目の前の者達の異常さをシオンは理解する。
誰もが強く、誰もが気高く、誰もが家族思いなシンの血を継いだ者達……だからこそ、愚直等と呼ばれる程に真っ直ぐな男も産まれてきてしまうのだろう。そんな考えに至ったシオンを見てリールはルフレを離す。
「シオン……お前も本音を出したんだ。俺だって本音で言ってやるよ」
シオンの目を見詰めながらリールは笑った。
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