018 或いはそれは策略の中(4)
「何をいきなり」
「リール、今は黙ってくれないかな」
言い返せる相手、矛先を変えた判断は失策であった。シオンの優しさを無碍にしただけ……だが、返された鋭い目付きにたじろぐしか無く、否定した手前、感じた事実を口にする事は出来なかった。
「このまま居なくなっても良いのですよ。むしろ、貴方のような愚かな存在を兄だと思わなくて済むなんて、僥倖でしかありませんから」
「テメェ!」
煽りたい、そんな思いは欠片も無い。それでも話を聞こうとしない相手を黙らせるには力を示すしかないのだ。
しかしながら、その思いと結果は違った。瞬きの中、リールの首元へは刃を迫り、その額に多くの汗を流させる。
「何の真似だ。───死神騎士」
「ここはご歓談の場と拝見しております。その中で実弟への無礼、何の真似だとは誰に対してでしょうか」
重厚な鎧を着込むフラン、その速度はエルザと共に戦った時のそれとは一線を画していた。もしも、その速度で迫られていたならば……喜びと共に背中に冷たい汗が流れる。
「私の主は、マリア様です。彼女が悲しむのであれば誰であろうと殺します。───それが主の兄であろうとも」
放たれた殺気にリールは生唾を飲むしかなかった。非凡な才、腕に自信のある彼ですらも反応する事すら出来ない程の差が、言葉通りに黙る以外の選択肢を奪ってしまう。
だが、抜いた剣を下げる道理は残っていない。現状、それを行えるのは主のマリアか、その父であるシンだけである。それでも二人は口を開こうとはせず、彼女もまたフルプレートの奥からシオンへ視線を送るだけだった。
「剣を下げてはくれないだろうか。今のままでは話したい事も話せはしないからな」
「……シオン様が言うのであれば問題ありません」
その言葉にシオンの心臓がドクンと跳ねる。
意図があるなど、明白であった。彼女の口にした言葉は彼をリオンではなくシオンとさせるものであり、生きる道を定めさせるものでもあるのだ。サラリと口に出来るような優男であれば深呼吸すらも不必要だっただろう。
「なら、シオン・ルールが命じる。その剣を下ろしてマリアの後ろにいてくれ。どうにも、悲しんでいるようで居た堪れないんだ」
「承知致しました。───シオン様」
茶番……そう笑えなくなった現場は酷く冷たい風が吹いた。換気をしようにも逃がすための窓はなく、多くの者が静かにシオンを見詰める以外に手は無い。
大きな溜め息、共にドンと鈍い音がした。
「それは、何かな」
「酒、ですよ」
端的な返答、シンは眉をひそめてシオンへ視線を向ける。
シオンの口にした通り、テーブル上に置かれたのは一つの一升瓶であった。念入りにラベルは剥がされているものの、焦げ茶色のそれは中身を見せないものとなっており、また部屋の傍らに集められたワインとは違うものである事を示している。
「どうやって手に入れたの、と聞いて欲しいんだね」
「その通りです。リール兄様には交渉というものを目の前で見て頂いた方が、後々の参考になると思いますからね」
「だったら、シオン……それはどうしたのかな」
シンの視線が優しいものから鋭く変化する。
交渉の場、奇しくも彼が予測していた場が、彼の言葉によって生み出される事となってしまう。酷く重い沈殿したような空気は先程の風を喰らい尽くしてしまい、皮肉にもシンとシオン以外が口を開く機会を奪った。
「こう見えても色々とやっているのですよ。もしかして、知りませんでしたか?」
「記憶を無くしたのではなかったのかな」
「ええ、無くしましたよ。家族の記憶は、ですが」
嘘では無い、確かに家族の記憶は失っている。
それでも言葉の中に真実は無かった。固有スキルの存在を知っていれば真意を知る事は出来るだろう。だが、知らない者であれば場にいる者達と同様に、こう考えてしまうのだ。
「良い職人との縁があるみたいだね」
「ええ、他にはこのようなものもありますよ」
酒瓶の横に置かれた鞘に収まった剣、視線を向けられたルフレが大きく息を吐いて手に取る。抜いた刃は美しい鋼のロングソードであり、シンですらも目を背けられない程であった。
いいや、彼には、彼等には分かっているのだ。シオンが態とらしく出した意図が、その剣が見た目通りの鋼のロングソードでは無いという事を……だからこそ、一人の男がテーブルを強く叩いた。
「こんなものを! 作れる存在が!」
「世界は広いのですよ。リール兄様」
吠えた声、即座にシオンに一蹴されてしまう。
言い返す刃は既に無く、シオンらしくないという理由だけで失いかけていた優秀な存在の言葉へ、歯を食いしばるしか出来なかった。
「一人で生きていく、俺からすれば簡単な事です。ですが、それを求めるからには受け入れるための何かが無ければいけません」
「要は口止め、もしくはシオンを残すかだね」
「ええ、ルフレ兄様の言う通りです。ああ、殺しに来るのならばどうぞ。その時は」
多くの者が息を飲み、当の本人の表情も酷く暗かった。確かに狙い通り、背後に移動し、その首元へ刃を突き付ける事は出来た。だが、まるで分かっていたかのように自身を見詰める優しい瞳から視線を外せはしなかった。
「俺も本気で逃げさせてもらいます」
「……冷や汗が酷いよ」
「世界最強の背後を取れた喜びから、ですよ」
シンの言葉にシオンは強がるしか出来なかった。
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