017 或いはそれは策略の中(3)
シンの言葉にリオンは腕を組み顎に手を当てる。
シンの思いは父としてのものである事などはリオンにも分かっていた。その先にあるのが家族団欒という事すらも彼には分かっている。
だからこそ、ルール家にいるデメリットを並べて判断を委ねようとした。シンが決めたとなれば、家から出すべきと申告した時に喜んだ者の望み通りになると考えたのだ。
メリット、デメリット───どちらを取っても大きなメリットがあり、同様にデメリットも大きいのである。
金の無い生活を送ってきた彼にとって、困らない生活というのはとても魅力的に感じられた。近くに自身を愛してくれる女性がいるとなれば拒否する理由すら、無い程である。
だが……その視線が一瞬だけ、一人の騎士へ向いた。視線を動かさずに見詰める様、騎士らしく立っているだけの姿とはいえ、彼女が部屋で転がした首は暗殺者のものである。
もしも、マップに映らない敵が襲って来たとなれば……嫌な考えが過ぎるのと同時に、フニィと柔らかい感触が腕に伝わった。
プルプルと震えながら見詰める瞳は少しばかり潤んでおり、口に出さずとも訴えている事は明白であった。───動かそうとした腕、拘束する力が弱まる。
解放された右手でカップを取ると、リオンは入れられていた茶を飲み干して笑う。
「俺は、シオンとして生きたいと思っています」
悲しそうな顔は見たくない、彼の弱さだった。
どのような選択をしようとも後悔が残る事は明白な事である。天秤が釣り合うようなメリットとデメリット……ならばと、彼が取ったのは横で咲き誇る美しい花を守る事だった。
「はぁ……良かったよ。これで出ていくと言われてしまったら、どうすればよいのか分からなくなっていたからね」
ケラケラと貴族らしからぬ笑い声が響いた。今一度、向けられた鋭い視線、リオンは何も言わずに笑みで返す。
無意識に張られた胸は、確かに彼がシオンでも、リオンとしてでも無い───シオンとして転生した【君】として、回答した事を誇っているからであった。
「それに僕からすればシオンの覚悟を知りたかったなんて理由もあったからね。話し方や考え方に違いはあれど、見た目や意識がシオンであれば追求はしないから」
「……俺がシオンじゃなかったとしてでもですか」
その言葉にシンは何も言わずに首を縦に振った。
交渉するはず、そんな彼の前提が崩れていく。偉人と話をする、相手は大英雄である、多くの策略が散りばめられた空間に立つ……全てが間違っていたのである。
目の前にいる男は確かに世界最強なのだろう。
だが、その前に一人の父親でもあった。測るような素振りはあれども、前提にあったのはシオンという存在の望み通りでありながら、幸福を願えるような状況を作ろうとする親心なのだ。少なくともリオンの目には、そう映った。
「待てよ! 俺は許したくねぇぞ!」
そう、声を荒らげたのはガタイの良い男だった。
着ているスーツは筋肉のせいか、どこかパツパツであり、その顔立ちが父に似て美しくなければ見るも耐えないものとなっていただろう。
「意図は、何かな。───リール」
鋭い視線にウッとリールは一瞬だけ表情を歪めたが、一拍置いてから同様の視線を向け返す。
「単純に、シオンらしくないからだ。話を聞いていて、少しでもシオンが帰ってきたと、感じさせてくれたのであれば俺も認めた。でも、コイツの口調や素振りの全てがシオンらしくねぇ」
「そうかなぁ、リール兄とは違って私は結構、シオンが帰ってきたなぁって思っていたんだけど」
リールの横に座っていた青年……フワフワとした栗毛、その目は垂れており、優しくリールを見詰めていた。大声をあげるリールの言葉を聞き取りやすくするためか、左耳にかかる髪をかけ直して笑みを見せる。
口調はとても穏やかで緩さすらも感じられる程だったが、その様子が余計に気に触ったらしく、ガバッと立ち上がり大きな舌打ちを返した。
「ルフレ……その黒目は穴か何かか」
「それは僕の目も馬鹿にしている、という事かな」
「ああ、自慢の息子が生還して目が眩んでいるように感じるぜ。シオンの事を聞いて、一番に泣いていたのはマリアでは無く父様だったからな」
怒りに身を任せた言葉、その視線の矛先がシンからリオン……もとい、シオンへと向かう。少しずつ、正反対にいる彼のもとへと歩いて行き、その深紅の瞳をより燃え上がらせた。
「まま、ならないな」
「ああ!?」
漏れた言葉、強い呆れの感情が彼を逆撫でる。
「そんなに気に入らないのであれば、出ていっても問題はありませんよ。その場合には、相応の対価は頂く事となりますが」
「シオンじゃねぇかもしれない奴に、か」
シオンの表情が淀む。若さ、経験の無さから来る慢心は過去の自身のように感じられた。言い負かす事など容易に出来る……だが、それをする程の幼さは残ってはいなかった。
「リール兄、それは間違いだよ」
「ルフレ……なんだ。事実をだな」
「なら、もしも、本当にシオンがシオンだったらどうするつもりなの。僕達ですらも見た目からシオンだと思ったんだ。他の貴族からすれば、自身の息子の一人立ちを邪魔する家族達、そんな口実にされるだろうね」
ルフレの言葉にリールは唇を噛むしか無かった。
シオンの危惧した思考を淡々と口にはした。だが、同時に向けられたシオンへの視線はやはり暖かいままで変わる事は無い。熱を覚えた時点で下がる手段を失ってしまったのだ。それを若さ以外の何と表すのだろうか。
「少しばかり、俺に時間をくれませんか」
見兼ねただけ、だが、彼の中に残っていたシオンの感情がザワザワと騒ぐ。当てられ見渡した視界の中では、間違いなく多くの者が目で訴えていた。───ルール家に見合わない者はリールの方である、と。
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