016 或いはそれは策略の中(2)
「マリア様、シオン様……どうぞ、こちらを」
「ありがとう、ジェームズさん」
目の前に差し出された紅茶、それを見てリオンはジェームズに顔を向けて笑みを見せる。緊張から来る渇き等、表に出せる訳のない事であった。だからこそ、即座に一気に喉奥へと流し込む。
「……申し訳ありません。美味し過ぎて一気に飲み干してしまいました。新しく入れていただいても宜しいですか」
「ほっほっほ、良いですよ。茶の入れ方ならば自負がございます。ここまで分かりやすく褒めて頂ける等、執事として誇りでしかないでしょう」
チラとシンへ向けた視線、潤すために勝手に動いた体へリオンは悲しさを覚えながらも、笑ってシンへ視線を向ける。
「良い茶葉なのでしょうか。その割には程よく蒸されながらも、茶の香りを残すような入れ方のように思います」
その言葉にシンはフッと笑ってジェームズに視線を送った。軽く会釈すると、どこからか取り出したカップに茶を注いで目の前に出す。
それを一口だけ含むと笑い、少しだけ優しくなった視線をリオンへ向けた。
「シオンはジェームズの茶が好きだったからねぇ。他の子が入れても飲まないくらいには、彼の腕を気に入っていたんだよ」
「違いますよ。それだけ、ジェームズの腕が際立っているだけの事です」
その言葉にリオンは軽い吐き気を覚えた。記憶が無い、そう口にしたところでシンは踏まえて話してはくれないのだ。どこまで行ってもリオンはシオンのままであり、そこから逸脱する事は無い。
「まぁ、そういう事にしておいて本題に入る事としようか。そうだね……まずはシオンの処遇に関してかな」
「それは俺を家から出す、という事ですか」
リオンの言葉にシンは一瞬だけムッとして見せ、即座に笑みで覆い隠す。そう反応されるのは予想出来ていた事ではあったが、同時に予想外な事でもあった。
「君は、自分をシオンではない、とでも言いたいのかい」
「それを……俺に聞くのですね」
鋭くなった視線にリオンの背を冷や汗が伝う。
存在を聞かれ返した言葉は咄嗟に喉から漏れたものであった。嘘でも真でもない、心からの一言である。
その影響もあって、シンはリオンの目をジィと見詰めるだけで即座に返事をする事は無かった。真実か動画を見極めた上で尚、そこに嘘は無いという事実だけが彼の目に映っている。
確かに、その体はシオンのそれである。その身に宿る力もシンの口にした通り、シオンの隠していた力の可能性すらもあった。
だからこそ、リオンとして返せる事は嘘の無い言葉だけである。何を言っても元のシオンらしい言葉を口にする事は出来ないだろう、そんな自身の弱さを利用するしか無かった。
もちろん、相手がシンで無ければ、その技量が偉人のそれだと知らなければ……嘘八百で丸め込もうとしただろう。口の上手さ、それと共に頭の回転に関しては誰よりも自負があるのだ。
だが、先に見せられた威圧、共に感じた配下を纏めあげ仕切る力量───相手は公爵家の長でもあり、大きな都市を治める存在である。
色々な悪意を浴びてきた存在に嘘は通用するのだろうか、そのような考えが過ぎった時点でリオンの取れる選択肢は一つだけだった。
「今回の件、マリアから話を聞かせていただきました。それを加味すれば暗殺者に襲われ、命からがらと生き残った私は、云わばルール家の恥とも言える存在でしょう」
反応を見せないシンへ行える行動、それは理論をもとに畳み掛ける事であった。シオンという立場は確かに彼にとっても魅力的である。とはいえ、同時に多くの敵から狙われる最悪な立場でもあるのだ。
「……そう捉える貴族もいるだろうな」
「ならばこそ、ルール家から出ろと命令されたとしても甘んじて受ける所存です。もちろん、着の身着のままと言うのであれば反論の一つや二つはさせて頂くつもりですが」
その言葉に場にいた全員が表情を変える。方や悲しさから、方や驚きから、方や嬉しさから……多くの理由と思想が入り交じる中で、リオンの表情にも小さな後悔が宿った。
シオンとして生きたい訳では無い。
だが、明確に悲しんでいるマリアの顔を見た瞬間に思い出してしまったのである。顔は思い出せないものの確かに、父と母と兄と……そんな幸せな日々が過去にあったのだ、と。
「分かったよ、シオン……いいや、言葉通りに受け取るのならば、シオンかも分からないんだよね。だったら、君に聞かせて貰おうかな」
カチャリと音を立て、シンはコップを持ち上げ、中に残る茶を飲み干した。その様子にピクリとジェームズは眉を動かす。
動揺、確かに沈めようと茶を口にしたのである。
それを察したのは彼だけでは無い。世界最強の彼が見せる弱さは誰から見ても驚きを招くものであった。
「君には二つの選択肢があるよ」
コップで口元を隠しながらシンは続ける。
「一つ目は、出ていくという選択だ」
大きな溜め息、長い沈黙がした後にカップを皿へと置いた。カチャとした音、だからなのか、笑みを見せてリオンの瞳を見詰める。
「二つ目に、家に残るという選択だ」
「それを、俺に決めろ、と」
リオンの言葉に視線を逸らさず、シンは首を縦に振って返した。
宜しければブックマークや評価、いいねや感想などよろしくお願いします! 作品制作の意欲に繋がります!




