015 或いはそれは策略の中(1)
「会議室なのか、それとも最高級の宿なのか」
「ただの食卓の入口よ。まぁ……気持ちは分かるかしら。他の貴族の家には何度も招かれはしたけどルール家を超える家は無いのよ」
感嘆の声をあげるリオンにマリアは笑いかけた。
マリアから呼ばれ歩き始めて十分程度、ようやく辿り着いた先は黄土色の柾目が見える少しばかり質素な両扉である。
他と比べれば……そう考えるリオンではあったが目に光を宿したか思うと、即座にその彩色を失う。
エルダートレントの両扉、その目には間違いのない情報が照らされたのだ。同時に映ったのは大金貨三枚という値段───小さく溜め息を吐いてから何事も無かったかのように視線をマリアに戻す。
「心配……?」
「ううん、大丈夫だよ」
軽く震える体、それが恐怖では無い事はリオン自身が一番に分かっていた。高揚……共に湧き上がってくるのは緊張だ。
「さすがは、世界最強……だね」
「……前のシオンなら分かっていなかったわ」
ボソッと小声で口にして、その空いた横腹へ軽く肘で突っつく。姉の優しさ、気遣いに気が付いたリオンも笑顔を返す。
「そっか。気を付けるよ」
「我が弟ながら美し過ぎる……!」
「あ、えー……ウン、アリガト」
左手を胸に当て蹲る姿に、リオンは苦笑いで見る事しか出来なかった。動かずにプルプルと震える様子、半ば困惑しながら肩に手をかけようとした瞬間だった。
「いるなら早く入ってきてくれないかな」
その声にリオンは少しばかり驚いた。年齢にして三十半ば、だが、青年とも感じられる程に若々しかったのだ。
「催促、みたいね。行くかしら」
我を取り戻したマリアの目がキュッと締まる。
両手で強く押し込まれ、ギィと音を立てる扉の先は確かに豪華であった。吊るされたシャンデリア、横に四人ずつ座れる程に大きなテーブル、扉の真ん前にある大きな暖炉……その前に座るのは一人の青年であった。
「やぁ、よく戻ってきたね。───シオン」
右耳を隠す金髪をかけ直すとニコリと微笑んでみせた。大きな黒く輝いている瞳は見詰めるリオンと同じものである。シュッと細長い輪郭だけが彼との違いを教えはするが……記憶通りのものであった。
「うん……? どうかしたのかい?」
澄んだ声、確かに先程のものと同じであった。
同時に視界に映ったのは一つずつ間を空けて座る二人の青年、目の前の青年と同様に美しい顔立ちではあるが、どこか他人とも思える程に似ていないものだった。
同時に我を取り戻したリオンも出っ張った腹に左腕を当てて仰々しく頭を下げる。そして、彼は思い出す。目の前にいる男から漏れ出す何かこそが、入口で感じた気そのものであったのだ。
「いえ、お久し振りです、父様……いいえ、シン様と答えるべきなのでしょうか」
「随分と他人行儀だね。いつも通りでいいよ」
その言葉にリオンの体がピクリと動く。
漏れ出す気、明確な殺気が彼の体と心を包んだのだ。滴る汗は止む事を知らず、真正面から受けていないはずの二人の兄すらも表情を歪めた。
「その、いつも通りが分からないのです」
「ふーん……確かに嘘はついていないなぁ。シオンの事だから、記憶を失ったとか嘘でもついていたのかと思っていたのにさ」
悲しげに笑う姿にシンは溜め息を一つ、吐いた。
その場に漂っていた殺気が一気に霧散する。同時に開放されたかのように全員の表情が一気に安堵へと向かった。
「お父様……」
「ん、なんだい。マリ、ア……ッ!?」
だが、それを許さない女性が一人だけいる。
その額には青筋が立ち、ピキピキとまるで鬼を背負うような覇気を纏ってシンを睨んでいた。その威圧に美しい顔立ちを濁らせたシンも、咄嗟に両手を振って口を開く。
「待って! 待ってよ! これって普通の事だよ! 本当にシオンだとしても何もせずに、はい終わりなんて許さない者達の方が多いでしょ!」
「そんな配下なんて切り捨てれば良いでしょう」
吐き捨てるようなマリアの様子に、周囲にいた者達は全員が震え上がった。確かにシオン・ルールとは暴君と呼ばれる程の存在ですらあったが、同時に彼を愛するが故に手を染める姉の名前も広まっているのだ。
「ねぇ、ここに私のシオンを馬鹿にする輩はいるのかしら。いるのなら早く声をあげる事ね。お父様が嘘をついているのか、それとも隠そうとする不届き者がいるのか、とても興味があるもの」
その言葉に返答をする者は誰一人いなかった。
むしろ、その様子に焦っていたのはシンである。先程の強者の余裕は死んだのか、キョロキョロと助けを求めるような視線を向けては俯かれてしまう。
「あれ? あれ? おかしいよね? あれれー!?」
「ほら、やっぱり、お父様の杞憂でしたわ」
「え、ええ、え……ふむ、そういう事もあるのかもしれな───」
その言葉は続く事は無かった。展開された魔法陣、放たれた光の矢がシンへと向かったのだ。大きな目を鋭くさせる様子、そして漂う殺気は先程のものよりも桁違いに強い。現に即座に展開された結界が無ければ小さなか擦り傷程度は付けた可能性すらあった。
「何の、真似かな」
「……良かったかしら。ヘラヘラしていたから今のシオンを見て馬鹿にしているのかと思ったのよ」
マリアの言葉にシンは一瞬だけ睨み付け、その表情と殺気を軟化させる。一つだけ、全員に聞こえる程の大きな溜め息を態とらしく吐いて口を開いた。
「そんな訳無いじゃないか。家に来た時から分かっていた事だよ。今のシオンは力を隠すのをやめたってね」
「そ、分かるのならいいかしら」
「はぁ……もし、僕以外が口を開いたら確実にマリアが殺していただろう。そんな事は許せる訳が無いんだ。特に、この場にいる全員が僕にとっては大切な人達だからね」
呆れた様子のシンを見て少しばかりリオンも同情の感情を顔に見せる。それに気が付いたのか、シンは嬉しそうな笑みを見せて手を振るった。
「さて、シオン……立たせてしまって悪いね。マリアの席はそこ、君の席はそこだよ。ここからは家族の話、皆で座って話す事としようか」
そこでようやく最初から感じていた気が消え去った。認められたという事実、同時に逃げられない状況にリオンは唾を飲み、指された席へ腰を下ろした。
「改めまして、シオン。僕は君の父であり───そして、世界最強の男だよ」
飄々とした男、そんな感想が消え去る程の威厳に満ちた声が部屋全体に響いた。
宜しければブックマークや評価、いいねや感想などよろしくお願いします! 作品制作の意欲に繋がります!




